人はじぶんの物語を語って、生きている。

「生きるとは、人生の出来事ではく、思い出すことである。思い出して、どのように語るかである。」ガルシア=マルケスは、最後の著作『Vivir para contarla』(生きて、語り伝える)で、生きることと物語をつくることは同じことなのだと言います。人は、じぶんの物語を、そして生きる意味を「物語る」ことで生きています。

相手の星になる

上田閑照さんは、こう言います。「見上げている星からこっちをみたらどうだろうか。逆の方から見るという見方の逆転を通してはじめて無限性にふれることができる。自分を出発にして考えるという考え方がどこかで翻らないと、無限性に触れることはできない。そして、無限性にふれてはじめて何かを手放すことができるようになるのだろう。」

英プラの路を共にゆこう (4)

気づかぬうちに周囲から膨大な情報を取り込み続ける「入力過剰」の現代生活。落ち着いた時間をもちこと、ほどよい距離感で寄りそうことで、共感の力が自然に働き、がんばろうという意識だけは続かなくなる「矛盾」を克服します。誰もが抱えている、この問題を克服するためにエンパシームは発明され、メソッドとして使えるようになりました。

静かに待つだけで [共にあることに気づく]

春のトレイルは爽快だ。道の端、目の前の花に、一羽の蝶がひらりと舞い降りた。ゆっくりと羽合わせとしている。そよ風がふいて、なんとも気分よさそうに坐っている。「撮るのではなくて、待つんだよ。」昆先生の声を思い出す。静かに待つだけで、気づけるのだ。いま、蝶とじぶんは、おなじ空気でつながっていること、共にあることを。

Just wait a while.