じぶんは雲になる

もともとのじぶんは、空っぽ。そのまわりは、目の前の草木山河。光があり、音があり、香りがある。この空気がじぶんだ。そのまわりに体験の記憶や、人のことばが浮かんだり、並んだたりして、続いている。地続きになっていてわけへだてはない。身のまわりに土壌に種をまこう。種をまいておけば、いつか、芽がでてくる。あとは手入れをするだけ。

I was a little cloud today.

ひとりになるから、わかる

静かにひとりで「ふりかえる」時間の力。その力で、ふだん刻々と過ぎ去る体験を、味わい、かみしめることができます。それはひとりでないとできません。ひとりになることは、時にさみしいけれども、それが共感の力を引き出すに糧になるのです。じぶんの代わりにはだれも生きられない。でも、みんながおなじように、「ひとりのじぶん」なのです。

No one can live in my stead. But I am not alone.

無意識の縁を広げる

日常のほとんどは「無意識」です。無意識は「意識がない」ことではありません。意識も無意識も、環境と相互に作用しあう身体の働きであり、そのあらわれです。刻々と変化する状態の全部をあわせて「心」と呼びます。エンパシームには、意識と無意識の境目の、身体行為の縁を写し、プラクティスに利用するための「じぶんのピース」です。