奥の窓をあけよう

身につける ④ 奥の窓もあけよう

昨日のエンパレット「身につける③見えないルール」では、ゴールデンルールばかりでなく、 シルバールールも大切という話をしました。

その先を考えてみます。挿絵の図を見てください。(注1)

縦軸(じぶん・相手)、横軸(する・しない)を組みあわせてできた4つの窓。

①の窓、②の窓だけではなく、その下に③の窓と④の窓があります。

③④に気がつかないのは、なぜでしょうか?

人に対してどうふるまうかを考えるあまり、じぶんのことを忘れているからです。
実は、人のことを先に考えているようでも、それはじぶん中心の発想なのです。

身につける ③ 見えないルール

Skin in the gameは、じぶんの身で感じること、親身になることです。

ナシム・タレブさんさんは、こう言います。

人間関係に大切なルールがふたつある。

① ゴールデンルール:じぶんがしてほしいと思うことを、人にもする

② シルバールール:じぶんが人にされたくないと思うことは、人にもしない

① を聞くと、なるほどと思いますが、落とし穴もあります。

積極的にオススメして、相手に通じればよいのですが、いつもそうだとは限らないからです。

じぶんの影をうつす「形端影直」

形端影直けいたんえいちょく

正しい行いは、そのまま現れる。
はじめのかたちがそのまま、じかにうつる。

唐代初期の詩人、王勃の詩に、こんな対句があります。(注1)

源潔即流清
形端即影直

みなもとの水が澄んでいれば、流れも清い。
ふるまいが正しければ、影もまっすぐ。

「形端影直」は含蓄のあることばです。
かみくだいてみましょう。

鏡に映るじぶん

Look at yourself in the mirror.(鏡でじぶんを見てごらん)

のびた:ねぇドラえもん、鏡に映ると右と左が反対になるの?
ドラえもん:やってみたら?
の:ぼくの右手は、鏡の中のぼくの左手。なんで、さかさまになるの?
ド:昔から、この話題は尽きないんだよ。
の:ぼくの右側にあるのは変わっていないんだけどなぁ。
ド:そう、向き合っているんだよ。
の:むこうとこっちが入れ替わっている。
ド:鏡の中ののびちゃんのつもりになっているから。
の:鏡って、光の物理現象だって習ったよ。
ド:そう。でも、それだけじゃないよ。人間の認知現象。
の:認知現象?
ド:どんなふうに捉えるかってこと。視点が変わる。

身につける ② Skin in the game

Put skin in the game.(身をもってする)

エサをじぶんで探さないリスがいたとしたら?
それではとても、Skin in the gameではありませんね。
もちろん、そんなリスはどこにもいないでしょう。

自然界では、あたりまえのことなのですが、
人間の頭の中は、もっと複雑なようです。

でも、説明はいりませんね。
身をもってすることと、そうではないことのちがい。
じぶんのこととして、親身になってするのと、そうではないことのちがい。

明らかなはずなのに、その説明はむずかしいですね。
いったい、何が、どうちがうのでしょう?

身につける ① 真髄

身につける学びとは?

それは、プラクティスです。
プラクティスとは、身体を使った「実践、練習、習慣」。

本当に身につけるための、真髄とは?

それは、「痛み」です。
ケガや病気の痛みのことではありません。
じぶんでやってみて、失敗を受けとめることです。
「肌身で感じて」深くしっかり身につけられるのです。

たとえば、英語の学習。

いちばん大切なことは、「英語を話す人」になることです。
話せないからこそ、話す人になったつもりで、やってみることなのです。

身をもってすること。
そのものに、なりきること。

思い出すことはつくること

詩人・長田弘さんは、このように言います。

記憶は、過去のものでない。

それは、すでに過ぎ去ったもののことでなく、

むしろ過ぎ去らなかったもののことだ。

とどまるのが記憶であり、

じぶんのうちに確かにとどまって、

じぶんの現在の土壌となってきたものは、記憶だ。

記憶という土の中に種子を播いて、

季節のなかで手をかけてそだてることができなければ、

ことばはなかなか実らない。

じぶんの記憶をよく耕すこと。

その記憶の庭にそだってゆくものが、人生とよばれるものなのだと思う。

英プラ「英語の習慣を身につける」動画紹介

英プラは、無意識の縁(ふち)を捉えてデジタルデータ化する発明特許技術「エンパシーム」を活用し、英語のプラクティスを日々の生活の中に組み込んだ「オンライン学習プラットフォーム」と習慣化のメソッドです。エンパシームを、スマホアプリ、クラウドシステムに応用し、人間の無意識の力を引き出すことにより、英語を効果的に身につけます。

直球という変化球

習慣の「フレーム」をつくるもの。

ことばを使う回数が、そのフレームを強固にします。

こんな会話を思い浮かべてみてください。

のびた:ドラえもん、170キロの剛速球だって。

ドラえもん:あ、大リーグ野球の話ね。すごいね。

の:球が浮かび上がってくるんだって。

ド:なるほど。

の:ほんとに上がってくるの?

ド:そもそも、直球というのは、実は変化球だからね。

の:え?直球ってまっすぐ進むボールってことじゃないの?

ド:直球と呼んでいるけど、投げたボールはまっすぐ飛ばないよ。

の:どうして?まっすぐ行かず、曲がるのは変化球でしょ?

ド:うん、いちおうそういうことになっている。

じぶんで選べる自由がある

じぶんの身に何かが降りかかった時。

どんなことばでじぶんに語るかで、受けとめ方が180度ちがってきます。

Not, ”why do things happen to me?”(何で、こんなことが起こるんだ!ではなく)

Well, things happen for me.(きっと、じぶんのために起きるんだ)

マルクス・アウレリウス『自省録』のことば。

「自分に起ったことを悪いことと考えさえしなければ、私はまだ何の損害も受けていない。そう考えない自由が、私にはあるのだ。」

じぶんの身に起きていることは、世間や常識がどう言うかではなく、じぶんで捉える(ことばにする)こと。
その可能性、その自由、そうする意味が、じぶんにある、というのです。
そのように言うことで、みずからを励ますことができます。