フリカエリビリティ|プラクティスの要諦

やりっぱなしでも、いっぺんにやっても、身につきません。時間をおいてふりかえってはじめてプラクティスになります。じぶんをふりかえるとは、思い出すこと、継続すること、自覚すること、寄り添うこと。大切なことは、ふりかえるカタチ(フォーム)をつくり、そうなるようにしむけることです。でないと、ふりかえらないままになります。

Reflect on yourself.(じぶんをふりかえる)

Purple hydrangea bloom with tiny central florets and surrounding white outer petals on green leaves.

I’m humbled. |心のとびらをひらく

「I’m humbled. じぶんが謙虚な気持ちになれるという意味です。ありがたいと思える時。共感を抱く気持ち。物事を素直に受け入れる時、心のとびらがすっと開きます。humbleになれば、未知の可能性が生まれます。それは、じぶんに気づくこと。声に出して言ってみましょう。静穏の空気に声が響く時、humbleになっています。

雲の上を歩きたい |オキーフ Sky Above Clouds IV

雲の上の空を歩いてみたい。シカゴ美術館の壁一面を飾るジョージア・オキーフ『Sky Above Clouds IV』。晩年、オキーフは視力を失いますが、99歳の生涯、絵を描き続けました。ユキさんは言います。「31年ぶりです。この絵です。空の色、雲の形。心を惹きつけて離しません。絵は心の鏡。いえ、心が絵。心が詩なんですね。」

I like my life. (生きていることが愉しい)

直球は、じつは変化球|さかさまに考えてみる③ The Other Way Around

直球とは、実は変化球です。地球上では重力がかかるので、飛んでいるボールも下に落ちるはずですが、落ちずにまっすぐボールが飛ぶのはなぜでしょう?飛行機が飛ぶ原理と同じです。ボールには縫い目があり、回転がつくことで上に持ち上がる力(揚力)がつきます。直球ということばがフレームになっているため、見方を反転させてみると新鮮です。

Why don’t you give it a try?(じぶんで考えてみよう)

ポルケとパラケ|勇気のカギ

「なぜ?」原因や理由を知ろうとするのは「あたりまえ」だと思っていますよね。ところが「なぜ?」には、意外な落とし穴があります。それは、簡単に探せる答えをあてはめてしまうことです。よくわからないことでも、じぶんで原因や理由をつくりだし、それをことばにして決定づけることになります。それを防ぐための、いい方法があります。

¿Para qué?(何のために?)

じぶんへのアート、じぶんからのアート。

生きていること自体が、じぶんのアート、じぶんへのアート、じぶんからのアート。それは、こんなふうに見えます。挿絵のような絵図、音符の連なった楽譜、文字や記号を添えた詩、じぶんだけの姿勢の鏡、そっとよりそう小さな手紙、声のタネを蒔く土壌、花を育てる花壇、プラクティスの手帳、心がつながる路、など。アートとは自由にうつすこと。

Be yourself.(じぶんになる)

待つとは、期待して、聴くこと|待つプラクティス

誰もが自分の得を追求として前のめりになり、待つことを拒む姿勢になっている現代社会。待つとは「ある状態になること、その時の来るのを期待すること」です。相手が自然なら受け入れて待つことができるのに、日常生活は、待つことがガマンすること、損することのように思えてしまいます。待つプラクティスがいります。それは声を聴くことです。

All things come to those who wait.(すべては、待つ人に訪れる)

おくりものは共感体験|絵本・童話に生きる共感⑦

絵本『わすれられないおくりもの』。アナグマからの贈り物は、残してくれた「声のことば」です。ひとりひとりが思い出して、生活に活かせる「ことば」です。ことばは、共に過ごした時間の結晶。共に感じた体験が、いつでも、現れてきてくれることです。みんなの心の中にアナグマは生きています。みんなが思い出すという行為の中に生きています。

I’m with you. (ともにいるよ)

解決できなくても、克服できる|絵本・童話に生きる共感⑥

『スーホの白い馬』より。白馬はこの世のいのちはなくなったけれど、モリンホールという楽器の音色になって、スーホと共に生きます。私たちは、人間であれ、馬であれ、ものであれ、「こころの世界」でも生きています。悲しみを解決することはできません。だからこそ、生きることのありがたさを学び、克服するという知恵を身につけられるのです。

You are not alone.(共にいるよ)

相手の身になると、じぶんによりそえる|絵本・童話に生きる共感⑤

絵本『いつでも会える』は、飼い犬が飼い主をなくす話です。犬のかなしみが人間のかなしみを語ります。犬のよろこびが人間のよろこびを語ります。犬の心と人間の心とがつながっています。犬の気持ちになって、じぶんによりそう、ということができるのです。相手の身になると、じぶんに寄り添えます。私たちは共に感じる世界に生きているのです。