詩はじぶんを知るきっかけ (How to know yourself.)
渡邊十絲子さんは言います。「詩は、わたしがまだ知っていない「わたしの感じ方」をつくるきっかけである。」じぶんの身体を使って、じぶん自身にむけて、ことばを声でアウトプットすることによって、はじめて気づくことがあります。いえ、そのようにしないと、じぶんでは気づいていない、「気づくべき何か」が湧き上がってこないのです。
You can only realize something when you say it.
渡邊十絲子さんは言います。「詩は、わたしがまだ知っていない「わたしの感じ方」をつくるきっかけである。」じぶんの身体を使って、じぶん自身にむけて、ことばを声でアウトプットすることによって、はじめて気づくことがあります。いえ、そのようにしないと、じぶんでは気づいていない、「気づくべき何か」が湧き上がってこないのです。
You can only realize something when you say it.
思い込みに気づけると劇的な変化が訪れます。いちばん身近な例を紹介します。やってみてください。常識、慣習、固定観念、思い込み、囚われ。いろんなことばがありますが、ずっとそうだと思い込んでいた、知らなかった、気づいていなかった、誰も教えてくれなかったこと。そのことにひとつ気づけると、あとは「一事が万事」でコツがつかめます。
Fix one problem, and you can fix the rest.(問題をひとつ直せば、他も直せる)
よく言いますよね。「がんばれ。がんばります。がんばらなくちゃ。」「がんばる」ってガマンすること?「がんばろう」とすると、だんだんキツくなってきませんか?頑張らなくちゃ、と思えば思うほど、つらくなってきますよね?そもそも「がんばります」と言う時、あなたは「何を」がんばっていますか?「がんばる」具体的な行為は何でしょうか?
Work softer.(しなやかな気持ちで)
マインドフルネスとは?瞑想?心身の健康法?マインドフル (mindful) とは、気づかうこと、じぶんに配慮することです。じぶん中心になることではありません。その反対です。じぶん自身に心を向けるとは、じぶんを相手にして、見まもることです。無理に意識して、がんばることではありません。じぶんを気遣うひとことを言うことです。
How am I doing?
Rの発音はむずかしい、とよく言いますね。Rの発音?ふだん、文字に音がついていると思っていますよね。こう考えてみましょう。Rの文字に音がついているのではなく、音のまとまりに文字をわりふってある、と。舌をほんの少し引くだけで、音が変わります。Rの音があるのではなく、舌が移動する時に口の中の空間が変化して共鳴する音なのです。
Turn it the other way around.(反対向きに考えてみなよ)
アートさんのオススメのひとつは、I am blessed. 1秒ほどで言える短いセリフです。日本語にすると「おかげさま」。みなさんのおかげでじぶんがある。運と縁のおかげで生きてきた。「もう、たくさんの贈り物をもらってきたんだ。」と声にすることが大切だと、アートさんは言います。ことばを身につけることが心得になるからです。
I am blessed.
このストーリーのテーマは思い込みと気づきです。母音は、アゴを動かし、舌の位置で口の中の空間を変化させる時の共鳴音です。ところで、英語でいちばんよく出てくる母音は何でしょう?実は、記号əで表す母音(シュワ)です。日本語では「あいまい母音」と呼ばれています。あいまいな音ではなく、舌の運動で変わる口の中の大きさとサイズです。
It’s the sound in action.(それは、運動中の音)
学びの土台は覚えることです。ワーキングメモリはその中核です。日本語の作業記憶という響き以上の、重大な役割を担っています。次々に入ってくる情報を、一瞬で処理しながら、長期記憶とやりとりし、同時並行して起こる情報を統合するプロセスです。何をするにも、ワーキングメモリを通るのですから、まさに心の玄関。心の働く現場です。
Cultivate your working memory.(ワーキングメモリを鍛えよ)
同じことをしていても、育ち方はちがいます。教わったことが同じでも、いつのまにか、じぶんのやり方でプラクティスしているからです。その過程を映すと、十人十色、さらに一人十色の姿が見えてきます。くりかえす中で生まれる小さな予感や自問に気づき、そこに人がよりそう。その一回一回が、じぶんの内側を育てていきます。
The same seed grows differently. (同じタネでも、育ち方はちがう)
できるようになると、身体や認知の働きが変わり、できなかった時のじぶんには戻れません。だから、相手に何が見え、何が聞こえているか、その内側を直接体験することはできません。お手本ややり方を示すことはできても、代わって調節はできない。じぶんでやってみて、気づき、調節する。そのプラクティスによりそうことが外からできることです。
You can’t undo experience. (経験したことは、元には戻せない)