ねがいは、ひと声から生まれる|Aspiration comes first

ねがいは、じぶんを育てる最大の力です。ねがいは、外から与えられるものでも、だれかに教えてもらうものでもありません。じぶんの内に生まれ、育つ力です。英語では Aspiration。この語は、もともと「息を吹きかけること」。入れるのではなく、じぶんから発すること。それは、ねがいが、じぶんの内から外へ発するものだからです。

Aspiration comes first. (ひと息のねがいからすべては始まる)

見えない星が見える時

夜にならないと星は見えません。暗くなるおかげ、晴れているおかげで星が見えます。空を見あげないと星は見えません。上を向くから星が見えます。近すぎて見えない星があります。じぶんの足元の星、地球。星が見えるなんてあたりまえ、星を見上げたところで何も起きない。と思っていても、気づけることがたくさんあります。今晩かもしれません。

Only when you imagine, you see them clearly.(思いを寄せた時に、星は美しく見える)

点を結ぶ線になれ (Connect the dots 真の意味)

Connecting the dots. このことばは、単に「点と点をつなげ」という意味ではありません。まずじぶんが歩いて、線ができれば後から点がつながる。失敗の体験も点になります。それらの点がなければ、後からつながりようもありません。点と点をつなげるものは、信じる心。じぶんが「線」になって、点と点を結んでいくのです。

Love what you do.

発想出力の期待値|xwOBAから考える未来の指標

近年、大リーグ野球では打率や打点だけでなく、打球の質から期待値を見る指標が使われています。結果ではなくプロセスを見る。原因の側から、まだ起きていない未来を見る。その考え方を生活に応用すると、測るものは「ことばの出力」です。ふと訪れる瞬間から、意味あることばを紡ぎ出せたか。未来の指標を心に持つだけで、見方は変わります。

The prepared mind changes the odds. (姿勢で確率は変わる)

ゼロ人称のじぶん ③ (思う以前に動いている)

悲しいから泣く、怖いから震える。そう思いますよね。でも、実はちがうのです。泣くから悲しい。震えるからこわい。心が先にあり、身体があとから動くのではありません。環境の中で身体が動く。その動きが気分を生む。気分が変わると動きも変わる。身体の状態がふるまいに現れる。ふるまいが身体の状態を変える。その変化の中で心が立ち上がる。

Sad because we cry. (泣くから悲しい)

ゼロ人称のじぶん②(じぶんと自分)

脳の中にはふたりのじぶんがいます。ひとりは今、体験しているじぶん。もうひとりは後で思い出す自分。今感じているじぶんと、後で意味づけをする自分がいます。自分でじぶんはよく見えない。客観なら見える?客観とは外から見た私です。日々の小さなふるまい、心の中の動きは主観にも客観にも、よく見えないのです。どうしたらよいでしょうか。

Listen to the silent self.(おとなしいじぶんの声をきく)

ゼロ人称のじぶん①(発話以前のわたし)

相手に話す以前のじぶんは何人称?相手に話しかけるから「私」と呼びます。つまり、「私」は「あなた」とセットの概念です。一人称の「私」以前の、じぶんがあります。思っているじぶん、考えているじぶん。じぶんに語りかけるじぶん。それはゼロ人称のじぶん。そのじぶんを包み、なぞり、確かめるように、声をかけて生きているのです。

Explore Self.(じぶん探索)

じぶんという素材でつくる② [タコとじゃがいもの出会い]

Pulpo A La Gallega (タコのガリシア風)。やわらかく茹でたタコとじゃがいもの、組みあわせの妙。脇役も大切な役割を果たします。いえ、脇役がいないと、Pulpo A La Gallegaにはなりません。おいしさの秘密は素材が融合してわけへだてのない状態になること。じぶん自身もひとつの料理としてみると?

Every action counts.(すべての所作が大切)

じぶんが葦になる |パスカルの真意

「人間は考える葦」で知られるパスカル『パンセ』。「動物や植物とは違って、考えることができるから、人間は偉い」という意味ではありません。パスカルは言います。「葦を押しつぶすのは、一滴の水でできる。人間はじぶんの弱さを知るからこそ、尊いのだ。」心をひらいて共感することが先にあって理性を包み込んでいる。それが心の理性です。

I am a reed. (じぶんが葦になる)

流れ星とねがい ③ 「見える」とは?

琴座流星群、見られましたか?流れ星は特別な夜に現れるものではありません。夜、空を見上げる時、星は現れます。「見る」は、あなたの動詞。「見える」は、星の動詞。星の「見える」は、あなたの「見たい」によってひらかれます。しかも、目に映るだけでなく、心に留まり、想像へ変わる。見えるとは、相手があなたの心の出来事になることです。

Only in the darkness, you can see the stars.(暗闇の中で星は見える)