Boy wearing a blue shirt and shorts running down a concrete spiral staircase outdoors among green trees.

上達に迂回路はない|First Things First ⑥ プラクティスには法則がある

飛行機は、翼があるだけでは飛べません。前へ進み、空気の流れをつくって、初めて揚力が生まれます。学びも、同じです。やり方を知っているだけでは、まだ何も起きていません。声に出し、その声を受け取り、また声にする。出したものが入り、入ったものがまた出る。この再帰を、毎日くり返すこと。それだけが、上達を運ぶ、唯一の道なのです。 

Daily recursion is the law of progress.(毎日の再帰が、上達の法則)

屋根から家は建てられない|First Things First ② ものごとには構造がある

人の絵を描く時、頭から描きますね?家なら、屋根から描くでしょう。絵の中では、完成した姿から自由に描けます。しかし、実際の家を屋根から建てることはできません。まず土台をつくり、柱を立て、その上に屋根を載せます。思い描く時は完成形から、現実につくる時は土台から。反対向きの二つのモードが組になり、ものごとは生み出されます。

一事が万事。(First things first)

切に思うとは、ことばを心に抱くこと

世の中、思うように物事はすすみません。障害が次々に現れます。そんな時、道元禅師のことば「切に思ふことは必ずとぐるなり。切に思ふ心深かれば、必ず方便も出でくる様はあるべし。」切に思うとは?心を深めるとは?それは、思いのことばを声にだして、じぶんに響かせること。それを別のことばにむすびつけ、未知のじぶんにつないでいくこと。

Embrace your words.(ことばを心に抱いて)

声ことばは、ひとつひとつ育つ|Seed by Seed ②

Seedは「タネをまく」という動詞です。タネをまくとは、将来の成長のために準備をすること。ところで、スポーツのトーナメントの大会でシードとは、あらかじめ順番を与えられる選手のことです。対戦表に書き入れる行為が、あたかもタネを植えるかのように見えることから、シードと呼ばれるようになりました。つまり、シードは期待の表れです。

歌うのは、心に歌があるから|自発ということ

鳥が歌うのは、答えがあるからではありません。歌があるからです。マヤ・アンジェロウのことば。何か理由があるからでも、何かの目的の手段でもない。心に歌があれば自然に歌声になって現れる。歌えば全身に響いて心がひらきます。ひらけば無意識に構えているじぶんの心が和らぎ、穏やかな気持ちになれます。歌えばインナースピーチになります。

A bird doesn’t sing because it has an answer, it sings because it has a song.(鳥がうたうのは答えがあるからではない。歌うのは、歌があるから)

全体こそ、われらの魂|エマーソン「Over-Soul」

The whole is the soul.

つながりの中に、 部分の中に、全体という魂が宿る。すべての部分と分子が わけへだてなく結びつけられている。その永遠なる全体と、われらは一体のもの。われらの存在を包む深い力、その至福にわれらはいつでもふれることができる。われらはものごとをひとつひとつをわけてみるけれど、そのひとつひとつが輝く部分となる全体こそわれらの魂。

やわらげる掛け声 [UNのつく動詞]

英語には、unで始まる動詞があります。例えば、undoには「やり直す、元の状態に戻す、反対方向に向ける、やわらげる」といった意味があります。一度してしまったことを、文字通り「やり直す」ことはできない時でも、undoできます。それまでと反対方向に心を向けること。何かに行きづまった時、空にUnの文字を思い浮かべてみましょう。

undo x [uneasy] → easy (落ち着かない状態を和らげるかけことば undoで、ざわついた状態に落ち着きをもたらす)

Painting of an elderly woman resting in the foreground, with an airplane, clock, and wheelchair at a station behind her (impressionistic style).

母も時なり③|情感が心の世界

母の面会記から。辻褄があわないのではない。こちらが聞き取ろうとしていないだけ。じぶんの頭でわかろうとするから、わからない。じぶんにわかるような意味だけを聞こうとするから聞こえない。届いていないのはこちらの耳の方。声にする時、わきあがる情感。内側の世界が外側に溢れて出ている。あとから、ふりかえることで湧き上がる世界。

Presence is life.(情感は、いのち)

世界はじぶんの鏡|ありのままには見えない、聞こえない

世界がそこにあって、それをじぶんは見ている。ありのままに受け取って。そんなふうに思っていますよね。でも、実はそうでありません。じぶんの受け取り方、感じ方で見えるものが違いますそれ以前に、関わろうとしてなければ、見えません。じぶんの身体で感じことによってしか、見えないのです。じぶん自身が生きていること自体が世界の鏡です。

You do not see the world as it is. You see it as you are.(世界は、ありのままには見えない。じぶんとして映るのだ

心は踊る(くりかえし、ふりかえり、じぶんと結びつける時に)

The Child is father of the Man.(子は人の父なり)

「三つ子の魂百まで」ということばがあります。小さい時に身につけた心は生涯続くもの。でも現実には、大人になると驚きや憧れを忘れてしまいがちです。何もせずに「三つ子の魂百まで」はありません。ウィリアム・ワズワースの詩の一節「こどもはおとなの父なり」のように、ことばに出してふりかえり、じぶんと結びつける行為があるからこそ。