練習できない日は、心の網を繕う|I’m a doer.

When a fisherman cannot go out to sea, he repairs the net.(海に出られない日は、漁師は網を繕う)

忙しくて練習ができない日がありますね。そんな日でも、大切なのは「心を途切れさせない」ことです。漁師が海に出られない日に網を修理するように、私たちの心や記憶の道具も手入れが必要です。ほんの短い時間でも、一言を思い出して声に出す。それが「練習と練習の間あいだ」を埋めてくれます。たったひと言を声に出すだけで、それができます。

階段があるから登れる(いのちの根源を忘れています)

A stairway affords climbing.(階段のおかげで登れるんだよ)

何の変哲もない日常の光景。このことばを思い出すと目の前の世界の見え方が一変します。あなたの力を引き出してくれる力、アフォーダンス。それは環境の中にあります。ひとりで登っているつもりでも助けられています。おなじように、ことばがあるから考えられる。相手があるからことばが生まれる。みな共にあるから、私たちは生きられるのです。

未来はチャンスとトライの組み合わせの妙|Fun to Imagine (3)

日常の出来事は、偶然で不規則な現象に満ちいています。物事が起きた後に説明はできても、事前に予言することはできません。でもそうであるからこそ、確率的に捉えることができます。じぶんで決めつけてしまわず、トライすることで確率は変わります。くりかえし続けることで自然の理が味方になります。未来はチャンスとトライの組み合わせです。

It’s the number of chance taken.(思い切ってやってみる数)

動機ではなく、抱負こそ。(Aspiration matters most.)

動機(モチベーション)は、必ず減衰します。燃える火も炭をくべないと続きません。そして新鮮な空気がいります。炭自身のじぶんが燃え続ける手入れと、ねがう心をアスピレーション (aspiration)と言います。ねがいを、呼吸のように、身につけることです。「抱負」ということばがあります。ねがいを、胸に抱き、背に負うことです。

Aspiration matters most.(思いを抱くことがいちばん大切)

じぶんの影をうつす「形端影直」

唐代の詩人、王勃の詩に「形端影直」ということばがあります。形は影に現れる。写った影によってじぶんの姿がわかる。映り出たものを見なければ、じぶんの姿はわからない。一方、影だけをつくることも、影だけまっすぐにすることもできない。姿勢をつくることと、そのとおり現れることは一緒のこと。このことばにプラクティスの核心があります。

Reflect your micro-actions in Empatheme.(小さなふるまいをエンパシームにうつす)

気づきやすい場をじぶんでつくる|気づく③ 裸の王様

気づきは、力を入れれば起きるものではありません。じぶんは気づいていないかもしれないと立ち止まり、ふるまいをふりかえり、フィードバックを受け、「こうありたいじぶん」と照らしあわせる。気づきが起きやすい流れをつくり、くりかえすことで、じぶんがじぶんにみちびかれる道をつくります。その習慣を毎日のプラクティスに育てます。

Make room for awareness. (気づけるような場をつくる)

くらべるものがないと気づけない|気づく② 裸の王様

気づくとは、くらべることです。ふたつのものを比べて、その差分を捉えることです。くらべるものがないと、気づきようがありません。「裸の王様」に欠けているものは「こうありたい」とねがう、じぶん自身の姿です。ねがう気持ちが、気づきの土壌になるのです。ねがうとは、じぶんの中に、いつでもくらべられるじぶん像をつくることです。

What you wish to become shapes your self-awareness. It works as the reference to your self.(ねがいが気づきをみちびく。ねがいはふりかえるじぶん自身の参照先)

人をはげますと、じぶんが勇気づけられる|インナースピーチの力

Cheer someone else up.(人を勇気づけよ)

マークトウェインは「自分自身をはげます最善の方法は、他人をはげますことだ」と言いました。人をはげますとじぶんが勇気づけられます。相手に語るじぶんの声の響きを聞くからです。自分のために、という条件づけをはずして、シンプルに人を勇気づけましょう。そのことばは、くりかえすほど、脳内に響き、あなたのインナースピーチになります。

心得るには、練習がいる|ふるまいを身につける

〇〇を心得よ、と言いますね。でも「心得る」とは具体的に何をすることでしょうか?頭の中にかける場所はありません。すぐに思い出せなかったら心得ではありません。心得るとは、身体を使って身につけることです。声に出して、心をことばにすることが心得をつくる第一歩です。じぶん自身に語らないことが心得になるはずはありません。

Bear in mind “Act”.(ふるまうこと、を心得よ)

Life is phonological|放てば手に満てり

ぼくは、くりかえし、みずからをつくりなおす、記憶と想像のトレイルだ。それはタイムマシン。でも、ひとり乗りではない。未知の共有体験に連れていってくれる、時間の乗り合いバスだ。生は音韻と躍動に満ちている。ふりかえりとつながりが響き合うリズム。心のトレイル乗り合いバスは、人のために生きる路を導く。人生は途切れのない共感の路。。

Bear in mind “Act”.(ふるまうこと、を心得よ)