母も時なり④|創発する心の世界
脳幹梗塞でことばを失った母が、1年半の回復を経て、長男の誕生日を「みんなで、盛大に」と語った。予定のない話でも、それは母の心にいま起きている真実である。記憶と想像は重なり、願いはまだない世界をことばにする。和歌の「もがな」「なむ」にも通じる、人が生きながら心の世界をつくり続ける、創発と回復の姿を母の声から見つめる。
Practice who you become.(なりたいじぶんを、プラクティスする)
脳幹梗塞でことばを失った母が、1年半の回復を経て、長男の誕生日を「みんなで、盛大に」と語った。予定のない話でも、それは母の心にいま起きている真実である。記憶と想像は重なり、願いはまだない世界をことばにする。和歌の「もがな」「なむ」にも通じる、人が生きながら心の世界をつくり続ける、創発と回復の姿を母の声から見つめる。
Practice who you become.(なりたいじぶんを、プラクティスする)
絵本『いつでも会える』は、飼い犬が飼い主をなくす話です。犬のかなしみが人間のかなしみを語ります。犬のよろこびが人間のよろこびを語ります。犬の心と人間の心とがつながっています。犬の気持ちになって、じぶんによりそう、ということができるのです。相手の身になると、じぶんに寄り添えます。私たちは共に感じる世界に生きているのです。
オスカー・ワイルド作『幸福な王子』(The Happy Prince)。自己犠牲、無私の善行、心を通わせる友情の物語としてよく知られます。動けない王子の目となり、耳となり、手足となって働くツバメ。ふたりの行為は、共感。いのちを捧げて人助けをする道を共に歩んだのです。じぶんたちが存在することの意味を共に生きたのです。
Empathy is to act together.(共感とは共にふるまうこと)
母の面会記から。辻褄があわないのではない。こちらが聞き取ろうとしていないだけ。じぶんの頭でわかろうとするから、わからない。じぶんにわかるような意味だけを聞こうとするから聞こえない。届いていないのはこちらの耳の方。声にする時、わきあがる情感。内側の世界が外側に溢れて出ている。あとから、ふりかえることで湧き上がる世界。
Presence is life.(情感は、いのち)
世界がそこにあって、それをじぶんは見ている。ありのままに受け取って。そんなふうに思っていますよね。でも、実はそうでありません。じぶんの受け取り方、感じ方で見えるものが違いますそれ以前に、関わろうとしてなければ、見えません。じぶんの身体で感じことによってしか、見えないのです。じぶん自身が生きていること自体が世界の鏡です。
You do not see the world as it is. You see it as you are.(世界は、ありのままには見えない。じぶんとして映るのだ
meanという動詞は、辞書に「意味する」とありますが、どうも日本語にしっくりと来ません。まず、例をあげてみましょう。結論を先取りしましょう。meanという動詞の原義は、こうです。say(心の外に言う)mean(心の中で言う)このように原義を捉えると、meanという動詞のもつ性質が明らかになります。これが英語の心です。
What do you mean?(ハッキリ言って)
人生の目的とは?〇〇とは?という質問をして、答えをひとつだけ探すことに慣れすぎていませんか?アルベルト・シュバイツァーはこう説きました。人生の目的は人の役に立つこと。いつくしむ心で人の助けになること。「人生の目的は幸福」ではありません。幸福という「目的達成」のゴールではなく、そのように生きることが心を豊かにするのです。
The purpose of human life is to serve and help others.(人のために生きている。人生の目的は人の助けになること)
「袖振りあうも他生のご縁」ということばがあります。偶然、袖が触れるぐらいの、わずかな出会いにこそ、つながりを発見できるのかもしれません。目を向け、耳を傾け、手で触れてみる。どんなことでもよいから。ひとつひとつの出来事は、たまたま。偶然の現象です。何であれ、よろこんで受け入れるという姿勢になると可能性は無数に広がります。
The chances are numerous. (奇遇はいくらでもある)
ピタゴラスは音階原理の発見者です。1オクターブ、ドからドは音の周波数が2倍になります。音を整理して並べる法則。そこに、単純な整数比の美しさがある。音は自然現象、整数比は人間の概念。なのに、ぴたりと響きあっている。ピタゴラスの鍛冶屋伝説、そら豆伝説を紹介します。それらは、数と時間のカプセルという発想へひらいていきます。
Time is the soul of this world.(時は、この世界の心)
1949年発表のロアルド・ダール短編『サウンドマシン』。クラウスナー氏は、人間の耳には聞こえない高周波の音を捉える機械を発明しました。この機械で植物が傷つけられる時の悲鳴が聞こえます。スコット医師はその話を間に受けません。あなたはどう思いますか?想像・認識の限界、探求心の阻害要因は、じぶんの中、脳のふるまいにあります。
Can you hear?(聞こえる?)