Empathemian, 『Crystal Clear』

Crystal clear. (スッキリ、クッキリ、ハッキリ)

水泡のカタチがはっきり見えますね。
Crystal Clearということばがピッタリ。

心の中も、こんなふうに、クリアになれたらー
つぶつぶは、じぶんの声。
じぶんに語ることばを、確かめるように。

ある人から、こんなお便りをいただきました。

赤裸々せきららということばの使い方がちがうのでは?

「衝撃的な事実に気がついた(ユキさんが語る英プラ体験①)というエンパレットに出てきます。

赤裸々という文字から受ける印象。
あらいざらい語るということは、何かネガティブなことがあったのかな?と。

赤裸々とは、包み隠さない様子を表すことばです。
何かの体験から、気づきを得て、真実を話す時。
心の中で、ネガティブがポジティブに転じた時。

真実を語ろうとすることは、勇気のいることです。
そこで、こんなことばが役に立ちます。

セキラリティ(勇気をもって真実を語ろうする姿勢)

セキララに語る。
「リアル→リアリティ」とおなじように、
セキララ→セキラリティ。

勇気をもって真実を語る。
セキララに。
でも、そんな心境には、なかなかなれないもの。
そもそも、何を語るのか?だれに語るのか?

じぶん自身に伝えることです。
ふりかえるとか、気づくというのも、じぶんの真実を、じぶんに語ること。
ところが、それが、とてもむずかしい。

そこで、セキラリティと言ってみると気が楽になります。
そのための造語です。
ことばのあそび?
あそぶとは、ゆとりをつくることです。

ふだんは、赤裸々には、なれない。
なれないから、じぶんに対してほど、飾り、構え、あれこれ理屈を考えます。

じぶん自身に対しても、どこかで「はずかしい」。
だから、セキラリティということばを思い出すことで、楽にしてあげる。
バランスを取ることで、救われます。

じぶんに言ってみればよいのですから。
そのひとことが、キラリと光ります。
その時が、クリスタル・クリア。

Be yourself.(じぶんになれ)

Be true.(真実のじぶんのとおりに)

出典・参照:以下のエンパレットなど

真実を語る勇気 [じつは、素はひとつ]

真実とは?[くりかえす声のことばでできている]

クリカエシビリティこそ [プラクティスの真髄]