Empathemian, Pearson-Arastradero Open Preserve

私は虫であり、虫は私である。

このことを悟ってからは、自然は自分のためにあり、
自分は自然のためにあることを、つくづく実感する。
そして、身のまわりのごく普通の自然が、いままで以上に大事に思えるようになりました。

画家・熊田千佳慕のことばです。どうしたら、そのような心境にたどり着くのでしょうか?

実は私にも、すこし心あたりがあります。私はカリフォルニアに移住して以来、週末には山野辺の路を歩いてきました。数えてみると、600回ぐらい、サンタクルス山麓丘陵地帯のあちらこちらを歩いてきたことになります。

自然に包まれていると、じぶんを忘れているときがあると思います。何も考えていない、ということに気づいているのではありません。何も考えないようにしている、のでもありません。ただ、あとで、忘れていたとしか思えないような時間だったな、と。

木々の葉をゆらす風の香りを感じ、木漏れ日で縞模様になった大地を感じ、鳥のさえずりと、虫の鳴き声に耳を傾ける。空気に包まれている、というか、とろけているような感覚。そんな時、「何も考えない」ということ自体が、なくなっているのだと思います。

何のコツもありません。
包まれているおかげで、忘れている。

あ、トカゲ。気持ちよさそう。

「私は虫で、虫は私。」
それは、きっと、そう考えることじゃなくて、そのじかん、その空間で感じられること。
それより他に表現のしようがないこと、と思われます。

出典:熊田千佳慕『私は虫である』