Empathemian, Roses in Menlo Park, California

大和和尚さんとの対話から。

春歌しゅんか秋月しゅうげつこれ心なり。

りっこう:「花も月も心だ! 」というのですね。
大和:そうです。心の働く様子が、花であり月である。
り:心とは、じぶんと春花秋月のぜんぶだと。
大:はい。『正法眼蔵』はそのオンパレードです。
り:自然宇宙世界が、一枚の詩画になっています。
大:道元さんが生涯をかけて取り組んだ主題です。弟子にむけて語ったことばでできた、絵のような詩です。
り:道元さんの「声のことば」が、くりかえし、響いてくるようです。
大:そのとおりです。書物のことではありません。行為です。宇宙と共に生きることです。
り:「自己を忘るる」とは、眼前の宇宙と一体化するイマジネーションの練習といってよいでしょうか。
大:はい。花であり、水であり、竹のわれる音であり。実に親切に、練習方法と実例を語られています。
り:ぼくは、それを共感の素「エンパシーム」に置き換えて、そのつもりになって野山を歩いています。正法眼蔵は、それを映し出したものではないかな、とすら思えます。
大:それは素晴らしいですね。
り:正直にいうと、こどもの時の遊びみたいです。

心とは山河さんが大地だいちなり、日月じつげつ星辰せいしんなり。

野山を歩くと、『正法眼蔵』。トレイルのぜんぶがその世界になり、その中に、じぶんもいる。

家にもどり、思い浮かぶ情景をエンパシームにする。ことばを声にして、じぶんに語る。
それが、じぶんに聞こえ、そのエンパシームに書きことばを添える。葉や種のしるしに満ちてくる。

素のままのじぶん。ありのまま、というより、ないがままのじぶんの小さなふるまいを、エンパシームに置き換えるだけで、実感できるものがあり、それが残ります。

さっき、出会ったトンボ。あれはじぶん。


出典:道元『正法眼蔵』41巻「三界唯心」、4巻「身心学道」、大和和尚「ニコニコ講和」、『毎プラガイド』