Empathemian 『名栗川のフロー』

ど:のびちゃん、何してんの?
の:フロー体験。チクセントミハイの本。有名でしょ。
ど:我を忘れて、物事に没頭している状態のことね。
の:偉い人には、みんなフロー体験があるって。
ど:なんでまた急に?
の:創造的になって、すごいことして幸せになれる。
ど:そんなことを言ってたっけ?
の:とにかく、我を忘れると幸福になれるってこと。
ど:忘れるどころか、我がいっぱいって感じだね。
の:じゃあどうするのさ?
ど:持続していくことが、幸福感につながる。
  幸せを目的にするんじゃなくて。臨む姿勢。
の:なんか道具だしてよ。フロー体験機みたいの。
ど:フロー体験はのびちゃんがすることだからね。
の:わかってるよ。
ど:何か大きなことへ自分がつながっている感覚が。
の:ま、めんどうくさいところはいいからさ。
ど:のびちゃんは、おフロ体験がいいじゃないの。
の:あ!それいいね!。気分よく我を忘れている!
ど:のびちゃんにはクロー(苦労)体験がいるかも。。

道元禅師に、このような和歌があります。

聞くままに また心なき 身にしあらば をのれなりけり 軒の玉水

雨が降っている。雨水の音に聞き入っている間は、自分を忘れていて、 雨は意識にのぼらない。
ふと、われにかえり、 さっきまで「じぶんは雨だったんだ」ということに気づく。
身辺とその場が一体になっていたことに、あとから気づく。それを自覚する姿勢。
時を忘れて何かに没頭したり、夢中なるひと時は、ありますね。

それを、身につけるには、どうしたらよいでしょうか?
「私」を小さくして、じぶんが相手と関わることです。
ものでも、ことでも、相手としてじぶんから、心をひらくことです。

小さなフローが自然に起こるように。

静かにすわり、ひと息入れます。
そうすると、しぜんに間(ま)ができます。
その流れに委ねること。それがフローです。

フローがひとつ、できたら、あとでふりかえります。
ふりかえると、しぜんに気づくことがあります。
なにかに気づくことで、フローを活かすことができます。
フローは消えていってしまいますが、フローの証が残ります。
その証が路のようにつながっていくことが、プラクティスです。

フローのつながりをつくろう。


出典:ミハイ・チクセントミハイ『フロー体験』