Empathemian『Act of Sharing』


じバリアを克服する知恵
じバリアを克服する知恵は、私たちの身近にあります。
それは、ぶつどうです。
 
え?お坊さんの話?
いいえ、これは「仏教」のお話ではありません。
でも、じぶんとは関係ない世界のように聞こえるかもしれません。
 
ところが、じつは、そうではないのです。
これまで、私たちの日常生活で、だれでもできる方法で活かすアイディアがなかっただけなのです。
古来より実践されてきた知恵のエッセンスをとりだして、活かさない手はありません。
 
ぶつどうの根本に「じバリアをはずす」知恵があります。
仏教の話ではなく、その知恵にならい、エッセンスをとりいれるお話です。
 
まず、むずかしいことばを、置きかえてみましょう。
  • ぶつどうとは、安らかな心になる道。じぶん中心から離れる方法。(習慣)
  • しゅぎょうとは、身体をつかって毎日必ずするプラクティス。(練習)
  • さつとは、じバリアの克服をプラクティスしている人。(実践者)
 
菩薩の修行には、じバリアを解くエッセンスを4つにまとめた方法があります。
しっしょうほうと言われます。聞いたことのないことばですね。でもだいじょうぶです。
 
その4つとは:
 
(1)布施ふせ   見返りを求めずに、あげること
(2)愛語あいご     やさしいことばをかけること
(3)利行りぎょう    じぶんのためにではなく、人のためにすること
(4)同事どうじ     わけへだてをせず、おなじ存在と思うこと
 

英語のほうがずっとやさしく、かみくだいて伝えられそうです。

 

(1)Give(あげる)
お坊さんに渡すお布施のことは忘れてください。
ひとりでできる、いちばん小さな行為は、じぶんの時間をあげることです。
ひと呼吸の時間を待つこと。
Give and Take (見返りを期待してあげる)のではなく、Only Giving (あげるだけ)です。
そのプラクティスは、数秒の間をつくることでできます。
 
(2)Care(相手とふれあう)
Careとは、相手の身になることです。
愛語とは、親身な気持ちで、にこやかに声にだして、それをじぶん自身で聞くことです。
どんなものでもかまいません。じぶんが、そのものの相手になることです。
この時、しぜんに共感の力が働いて、じぶん中心の状態がやわらいでいます。
 
(3)Help(じぶんのためではなく、相手のためにする)
Helpとは、相手がすることを、手伝うことです。
相手の代わりにすることではありません。
利行ということばは、何か大きなことのように聞こえますが、それは、そばにいるだけ、いっしょに歩くだけ、うしろ姿を見守ることでもよいのです。
じぶんのためにではなく、親身になって手助けしようとする時、じバリアははずれています。
 
(4)Share(わかちあう)
Share、わかちあうとは、おなじ場、おなじ時、おなじ気持ちをわかちあうことです。
わけへだてをせずに、じぶんと相手は、おなじ存在だと感じること。
そして、共にあるということを、たしかめること。
声のあることばを共有することです。
 
Giving(あげること)、Caring(相手の身になること)、Helping (手伝うこと)、Sharing (わかちあこと)。
その具体的な行為がうまれる時に、じバリアははずれています。
 
でも、頭の中だけでは、心がけは、忘れてしまいます。
じぶんひとりで、1日1回、かんたんに身体プラクティスすることなのです。
 
「あ・ゐ・て・に・ふ・す・い・ま」は、(1) Give と (2) Care を、いちばん小さい単位(呼吸の時間)にまでかみ砕いた身体マイクロ動作アクションの流れをつくります。
 
よい習慣を身につけるには、じバリアをはずすための小さなが組み込まれたしくみをつくることです。
そのしくみ全体がエンパシームメソッド「みちゆくときよ」というしくみです。
 
(3) Help と (4) Shareは、そのしくみの中に、相手とわかちあうプラクティスとして、くみこまれています。
 

 

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出典:道元禅師『正法眼蔵』「菩提ぼだい薩埵さったしっしょうほう」、『毎プラガイド』

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