Empathemian『 ひと息の声ことばのふるまい』

読書百遍ひゃっぺんおのずから通ず。
(百回、つまり何度も繰り返し読めば、内容が自然にわかるようになる)

このことばをどのように受けてとめていますか?
→「そうなんだろう、きっと。頑張ってたくさんやれってことね。」(たいへんそうだなあ。めんどうくさそうだし、よくわからないから、やらない。)
→「そうなのかなぁ。わからない文章を100回読んでも、意味なんてわからないんじゃないか。」(では、やってみる?でも、疑っているので、やらない。)

「素読」と呼ばれるこの学習方法は、声に出して読むことです。師や友と学ぶ環境の中で、姿勢を整え、 空間にことばを放ちます。それは身体の中に響き、空間からも耳に届きます。「出力」することです。

書物・書作は、先人の学びが「出力された」場です。

それは、目で追って、ふんふんとうなづいて「入力」することができません。自分もまた、そのことば出力することによって、「入力」するのです。出力が入力。それを身につける「かたち」が作法です。

静かに坐り、その人のことばに向きあう。

ゆっくり、声で出力する。

身をもって、心をこめて。

ことばを紡いだ人の思いに親しむこと。「まなぶ」とは、まねて、演じて、それを身につけることです。
はじめは、実体験がなく、ことばを受け入れる下地がないので、わからない。けれども、じぶんの素材にしておくからこそ、あとで体験するときに、意味がわかる。共感が起きるのです。くりかえしているじぶん自身を実感することが、まなびになるのです。

出典:魏志‐「魏略」(大辞林、広辞苑)