Empathemian『エンパグラフ』

白川静さんは、こう語ります。
「手で書くこと。手先から脳へ打ち込む。もちろん、目で見ることは必要です。写すこと、書くことがそれ以上に必要であり、重要です。

私は若い時に日記を書いておったのですが、書くことがない時や、余白が出た時にはそこへ、詩や漢文を写して、余白を埋めていたんです。面白いことに、漢文を写しているうちに、漢文が読めるようになったんですよ。流し読みしただけでは頭に入らない漢文が、書き写すことで、文法や語法的な関係とか理解できるようになっていきました。

写すということは、自分の頭の中で組織をする第一段階だと思います。まず写す。それから覚える、考えるという順になるんです。覚えるには、反復することが重要ですし、考えるには、比較するものが必要です。考えるということは比較することで、価値の軽重を比較する。そのためには、基準となる対象が頭のなかにないと、「考える」ということはできない。」

何もないところでは、考えるという下地ができていません。その下地を先にこしらえることなのですね。

ふだん、学習するというと、中に取り込むことで、出すことは別のことだと思っていませんか。実は、そうではないのです。身をもって「じぶん環境」に出し、そこに刻むこと、そしてそれを繰り返すことで「入力」になるのです。

出力が、入力。
まず、声のことばに「写す」ことです。声に出して、身体のふるまいという出力に変換することです。

声の出力を写そう。

エンパシームは、じぶんの声ことばを、音声のまま写します。そのあとで、書きことばにも写します。それを使ってまなびを深めることができます。


出典:白川静『桂東雑記 II 』、『毎プラガイド』