Empathemian, 『Bounded Self』

私たちはみな、じぶんの手持ちの力で暮らしています。
個人も、社会もみな、持てる力を活かして生きています。
持てる力とは、とても限定的なものです。
周囲の状況がかわると、発揮できる力も限定をうけます。

リチャード・セイラーさんは、こう言います。

「人間は、いつも合理的な選択をするわけではない。合理性も、自制心も、利己心も、みな限られている。状況、環境によって、いつもの自分とは、ふるまいが変化する。人間には、共通のクセがある。」

近年、行動経済学の研究は、人間の思考のバイアスやクセがあることを明らかにしてきました。

私たちの持てる力を表すために、よく使われますことば。

・rationality(合理性)

・self-control(自制心)

・self-interest(利己心)

合理性という、人間の手持ちの力は、もともと限られているのです。
それが自然の姿だとすれば、バイアスやクセそのものを、なくしてしまうことはできません。

Bounded rationality(限定的な合理)。
このことば、私たちの思考の特徴をよく表しています。
合理的に考えているつもりでも、そもそも、その合理性とは、限定的なもの。
つまり、時と場合によるのです。

なんとか、克服するしか、ありません。
挿絵のイラスト「Bounded Self」は、人間のじぶんは、半分囚われている、ということを、しなやかにうけとめ、克服の方法をイメージするために描いてみたものです。

私たちはみな、限定的なじぶん。

じぶんとは、周囲の環境もふくめて、じぶんです。
人間は、損することを過剰に恐れたり、情報が入りすぎると、過剰な不安を抱いたりします。
周囲からの不要な入力でいっぱいになると、じぶん環境のエコノミーは、うまくいかなくなります。

じぶん環境に、共感すること。ケアし、手入れすることです。
そのためには、じぶん自身=周囲も含めたじぶんに、共感することが、大切になってきます。
共感の力もまた、自然に備わった、人間の力です。限定的なじぶんには、見えない、眠っている力があるのです!

環境を、じぶんの友だと思って、察して、ケアするという気持ちになれば、いたずらにあせったりすることも減らすことができます。
頭で合理的に考えようとしても、それ自体が制限されているのです。
だから、自然に備わった、別の力をつかうこと。それが、共感の力です。

No worries. Just take care of your bounded self.(心配はいらない。限定的なじぶんをケアすればいい)

「ゆっくり、パッとひらめく」

「だれの都合でさがしていますか?」

出典・参照:Richard Thaler 『Nudge』、リチャード・セイラー 『実践・行動経済学』

リチャード・セイラー