決定力?[すべては、ふだんのチカラ]

スポーツでよく使われることば、決定力。プレッシャーのかかる場面で落ち着いてゴールを決められること。突然、決定力は出せません。そもそも、決定力という力は存在しないのですから。ふだんプラクティス(予行演習)していることができるのです。プラクティスは、じぶんが変化する過程です。その原点は、そのことをいつもふりかえることです。

Keep yourself composed.(平常心)

いたむから、わかる。I feel your pain.

ケガや病気になれば、健康のありがたさがよくわかります。痛みは何よりも学びになります。痛という漢字を見て「痛い」話はちょっといやだな、と思った時、このことばを思い出しましょう。Pain is companion for life(痛みは生涯の友)。人は痛むから悲しい。痛むからうれしい。痛むからわかる。身に染みるからです。

I feel your pain.(痛いほど、わかるよ)

肉声が音とイメージを結びつける(オノマトペは皮膚感覚)

私たちの暮らしに最も密接なことば、オノマトペ。使わずに1日を過ごすのは至難です。日本語はオノマトペに満ちた言語。ものごころがつく頃にはオノマトペを使いこなしています。擬態語や擬音語と呼ばれますが、端的にいうと音で表した絵、絵になる音。それは身体感覚。音とイメージは表裏一体です。いいアイディアを紹介します。

Sound is image, image is sound, in your mind.(心の中、音は絵、絵は音)

Festina Lente ① [ゆっくり、はやくする] とは?

Festina lente フェスティナ・レンテ「ゆっくり急げ」というラテン語のことばがあります。急ぐは、スピードをあげること、ゆっくりは、スピードを落とすこと。「速いと遅い」は反対ですから、矛盾にきこえますが、実は、両者を組み合わせることに意味があります。ほどよい速さで着実に、途切れなく、毎日続けることです。

Festina Lente.(フェスティナ・レンテ)

ハロー、リトルデータさん

データの語源、ギリシャ語で、与えられたもの、という意味です。身のまわりの世界からじぶんに与えられたもの。五感でふれあい、わかちあえるもの、ひとつふたつと数えられるものは、データです。エンパシームは、じぶんのリトルデータ。ひと息の身体行為を写したデータです。その中に、呼吸のリズム、和らいだ姿勢、声のことばが入っています。

Hello, Empatheme. My dear little data.

しあわせる(しあわせの本当の意味)

「しあわせ」ということばの由来は「し・あわせる」こと。天がすることにあわせること。おなじ方向にじぶんを「しむける」ことです。英語の happyということばの由来は、「何かが起きる」(happen) ことです。主語は、it とか things です。つまり天とおなじことです。happyの状態になることは、しあわせること。

Things happen with me.

いきなり勇気は出てこない|(勇気の文法 ② )

勇気を出してガンバレ!それができれば苦労はない。こんな思考パターンになっていませんか?勇気はいきなり出てきません。勇気のタネが芽生えるのは、意識せずにできるふるまいの中。「じぶんが気づいてないこと、何だろう?」と、ことばを声にして、じぶんにたずねることです。答えを聞くのではなく、じぶんに問いかける行為が勇気の源です。

Courage doesn’t happen when you have the answer. (答えが決まっていたら、勇気は出ない)

絵に映る心|誤解されてきたヴァン・ゴッホ

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは、1枚しか絵が売れない苦難を生きながら、精神性の高い絵画を描き続けたが、精神の病ゆえに、みずから命をたった偉大な画家。それが長い間、「定説」でした。

ゴッホは、900通を超える手紙を書きました。最近になり、この膨大な手紙や資料を研究し、綿密な取材を重ね、定説を覆す「ゴッホの死の真相」に迫った人がいます。美術史家・スティブン・ネイファーは『Van Gogh : The Life』で推理を詳述します。

蓄音機と人間の不思議②(ことばはふりかえるから内面化する)

100年前の蓄音器は、現代の学習のあり方を考えさせてくれます。知識は何でも調べられ、オンライン講義、豊富な動画があります。でも、足らないものがあります。ふりかえる体験、わかちあう体験。ことばはじぶんの身体を通してはじめて内面化します。声のあることばが血肉するのです。ことばが身につくとは、そのようにしてじぶんが変化すること。

You can only internalize anything when you practice it.(どんなことも、実際にすることで身につく)

私のプラテーロ|声に出すと思い出が生きる

『プラテーロとわたし』は、100年以上、世界中で親しまれてきた作品です。ストーリーの終わりにこんな場面があります。「ボール紙のプラテーロは、ますます、お前よりもお前に見えるんだ。」プラテーロの過去のイメージがどこかに存在していて、そのコピーが脳の中に現れるのではなく、ことばに出す現場にいつも、プラテーロは生きています。