まず、和らぐことから始まる。

「十七条憲法」のエッセンスは「和らぐことがいちばん大切」ということです。やわらぐとは、おだやかになることです。和とは、異なるものが混ざり、親和すること、調和することです。そのような空気をつくるための姿勢が大切。ひとりの人間でも集団でも同じです。空気が冷たいと、体がかたくなります。ストレスを感じ、エネルギーを消費します。

First things first.

Seed by Seed ④ [タネはみんなでひとつ]

粒はひとつひとつ別々だけれども、全体(仲間のタネといっしょ)でタネ。素粒子物理学も、仏教哲学も「粒の存在はひとつひとつでありながら、全体でひとつ」ということを唱えます。ものごとを、わけへだてて、因果関係だけで考えてしまうのが、私たちのものの見方。それを毎日の生活の中で気づかせてくれるのが、ことばのタネ、シードです。

We are one.(みんなで、ひとつ)

Deed、毎日ひとつ。

One deed a day. (毎日、deed ひとつ)

英語のdeedは「おこない」という意味です。do (する)とおなじ語源で、身を持って体験することを表します。a good deedといえば、よいおこないのこと。本当にした時に、deedになります。修養とは、毎日、ひとつdeedをつくることです。あとからふりかえって、ことばを声に出す時に、Deedになります。

じぶんで考えるヒント(マプア大学にて)

We are made by nature.(人間もテクノロジーも自然発)

「AIは脅威ですか?」マプア大学工学部でオンライン講演の際、ひとりの学生からの質問。AIは、人間の生み出す複合的なテクノロジー。怖いと感じるのは人間の心。AIの中核はコンピュータによる最適化計算。複雑な物事を捉えようとする人間の営みであること。人間がつくりだしているものに、じぶんがどのように向きあうか。そのための姿勢。

相手があるから、美味しい

マイアミで茶会をひらく梶昭彦さんはこう語ります。「無心?大そうに語れるようなことは何もありません。ただ、どんな粗末な場所でも、お茶を飲んでくれる人がいたら、精一杯、おいしいお茶を点てたい。その時に無心になっているというのはありますね。」美味しいお茶があるのではありません。相手があるから、あなたが飲むから美味しいのです。

Serve others.(みなのために)

髪も共に生きている

髪の毛は身体の一部。でも、自分ではまったくコントロールできません。これから髪を伸ばすぞ、などと言ったりもしますが、それは自然に育つのを待つだけです。植物とおなじですね。できることは、手入れをするだけです。見守って、ケアする、相手として。いつも、いっしょにいて、頭を守ってくれる。私にスタイルをつけてくれる友です。

You are not alone.(ひとりじゃない)

ココロが絵 [共感のチカラ]

やまと絵師の吉本徹也さんは、こう言います。「描いているのは、自然の手になっているじぶん。ぼくの絵がいいんじゃなくて、見ている人がいいんです。」ふだん、私たちは美しい絵があって、それを見ていると思っています。が、実は「美しい絵」があるのではなくて、ココロが動くことが美しいのです。あなたのココロが美しい絵そのものなのです。

It’s resonance.(ココロが響くから)

決定力?[すべては、ふだんのチカラ]

スポーツでよく使われることば、決定力。プレッシャーのかかる場面で落ち着いてゴールを決められること。突然、決定力は出せません。そもそも、決定力という力は存在しないのですから。ふだんプラクティス(予行演習)していることができるのです。プラクティスは、じぶんが変化する過程です。その原点は、そのことをいつもふりかえることです。

Keep yourself composed.(平常心)

ことばの種は、あとから芽生える

父が他界するまでの5年間、「ひらがな文字盤」がふれあう場でした。父の左手を支え、指先がひらがなにふれるごとに、私が一音ずつ発音します。ことばは、声で、声は息でできています。息は身体のふるまいで、そのふるまいは、お互いが相手とふれあう小さな空間で生まれます。そこにできる、じかんのリズム。それが心であり、ことばです。

Live for others.

いのちのつぶを注ぐ

日野原重明さんは言います。「からっぽのうつわのなかに、いのちを注ぐこと。それが生きるということ。」時間という入れ物に、いのちをふきこめばその時間が生きてくるのです。エンパシームは、ひと息ごとの声つぶを入れる「タイムカプセル」です。「いのちのつぶを注ぐ」思いをイメージして、大切なことばを育むじかんになります。

Pour your life moments into Empatheme.