手で紙に書く、勇気のプラクティス|心の整流化③
手で紙に書く行為は、最も身近な勇気のプラクティスです。何を書くのかわからないうちに書き出し、書き間違えます。クワやシャベルで土を耕す行為にも似ています。一回一回が本番です。書くと同時に直すことはできません。いったん書いた後に気づくのです。まちがえるかもしれないという「未知」とふれあう予感が、心の整流化を起こすのです。
Writing is a courageous act.(書くことは勇気のふるまい)
エンパレットのカテゴリー Inspire 発想
手で紙に書く行為は、最も身近な勇気のプラクティスです。何を書くのかわからないうちに書き出し、書き間違えます。クワやシャベルで土を耕す行為にも似ています。一回一回が本番です。書くと同時に直すことはできません。いったん書いた後に気づくのです。まちがえるかもしれないという「未知」とふれあう予感が、心の整流化を起こすのです。
Writing is a courageous act.(書くことは勇気のふるまい)
木を見て森を見ずということばがあります。でも、木と森とを同時に見ることはできません。そもそも、ながめるだけでは、森も木もわかりません。森の中を歩く体験がいります。森のまわりを歩く体験がいります。いえ、もっと大切なことはおなじ路を何度も歩くことです。気づいていなかったことに気づくことは、じぶんの未知に出会うことです。
Can’t see the forest nor the trees if you don’t walk again.(何度も歩いてみなければ、森も木も見えない)
記憶とはためておくものではなく思い出すことです。きっかけは、じぶんの「外側」にあります。身の回りの環境にじぶんが包まれることで想起できます。記憶は行為の中に。ふるまいに包まれて、身につけているから思い出せます。 また、記憶は時間の中で精錬されます。静かなひと時をつくり、ことばを声で紡ぐことで、記憶が精錬されるのです。
Memory is refined over time.(記憶は時間の中で精錬される)
「北極圏を訪れた時、西から登る太陽を見たんです。」ある人の話。北極ですか。方角はわかりにくいですね。どうしましょう?選択肢は実際に行ってみるか、想像してみるか。後者ですよね。「ある星に国がふたつありました。大きいほうの国では太陽は東から登ると言い、小さいほうの国では「東かな?西かな?あ、ちがった、南かな?」だそうです。
How could that be?(それってありうる?)
何でもルーティンにすることは現実的に不可能です。想像の力でルーティンを補う必要があります。どんな学びにも共通することは、いま、ここで起きていないことを想像することです。相手の身になって感じるような、共感的な想像力を発揮させることが、いわば、修養の共通ルーティンになります。想像のプラクティスをルーティン化することです。
Imginative experiences seed your senses.(想像の体験がセンスを磨く)
渡邊十絲子さんは言います。「詩は、わたしがまだ知っていない「わたしの感じ方」をつくるきっかけである。」じぶんの身体を使って、じぶん自身にむけて、ことばを声でアウトプットすることによって、はじめて気づくことがあります。いえ、そのようにしないと、じぶんでは気づいていない、「気づくべき何か」が湧き上がってこないのです。
You can only realize something when you say it.
マインドフルネスとは?瞑想?心身の健康法?マインドフル (mindful) とは、気づかうこと、じぶんに配慮することです。じぶん中心になることではありません。その反対です。じぶん自身に心を向けるとは、じぶんを相手にして、見まもることです。無理に意識して、がんばることではありません。じぶんを気遣うひとことを言うことです。
How am I doing?
すべての音は空気の分子の振動。歌声は空気を響かせます。歌えば、必ず、歌があらわれる。声に出して歌われる時、それが、歌。なんでそんな、わかりきったことを、ややこしく言うのでしょうか?それは、わたしたちは、ことばのおかげで、やらなくても考えることができるからです。考えているつもりで、何もしないままになってしまうからです。
風という「もの」があって、あとから吹くのではありません。木の葉が揺れ、雲が流れ、頬に空気が触れる。その動きを、私たちは風と呼びます。loveも同じです。「愛」という概念を知ることと、実際に愛することは違います。声をかけ、話を聞き、手を差し伸べ、そばにいる。じぶんでする行為の中に、loveがあらわれます。愛があらわれる。
風は吹かない。
イタリアをドライブ中。バックミラー越しに、後部座席で車内の音楽を聞いている9歳の息子のクスクスと笑う様子が見える。曲が進むにつれ、ケラケラと笑いだした。「何がおかしい?」「なんかへんだよね?」「どうして?」「だってさ、何でそんな曲を歌うの?」私はこどもの時からこ曲を何百回も聞いてきたのに。考えたことのない衝撃があった。
Why do you sing a song like that?(なんでそんなこと歌うの?)