「答えを教えてもらうことに依存しているじぶん」に気づいていない?
ネット・スマホ・AIに代表される現代社会は、多ければ多いほどよい(More is more)に駆り立てられています。だから、少なければ少ないほどよい(Less is more)を求めたくなります。ところが、なかなかそうはいきません。なぜなら「答えを教えてもらう」ことに依存しているじぶん自身に気づいていないからです。
Less is more.(自己流のクセを減らさないと身につかない)
エンパレットのカテゴリー Inspire 発想
ネット・スマホ・AIに代表される現代社会は、多ければ多いほどよい(More is more)に駆り立てられています。だから、少なければ少ないほどよい(Less is more)を求めたくなります。ところが、なかなかそうはいきません。なぜなら「答えを教えてもらう」ことに依存しているじぶん自身に気づいていないからです。
Less is more.(自己流のクセを減らさないと身につかない)
アンセル・アダムズは、アメリカの大自然をモノクロ写真で撮りました。白黒はふたつの階調しかありません。でも、そのおかげで、より印象を深く、採り出すことができます。情報量を減らすことは、情報をへらすことではありません。Less is moreです。情報を量をへらすと印象がふえ、余計なものを取り去ると感動が増えます。
You don’t take a photograph. You make it.(写真は、撮るのではない、つくるのだ)
梅田規子さんは言います。「心は見えないが、動いている。空気の動きが融合し、まとまりとして統合する。まとまり同士がさまざまなパターンを生み出す。そのようにして私たちは、心を通わせたり反発したり、影響されたりしている。この世はなんとも不思議で、わくわくする。」エンパシームで、そんな不思議な体験をかいま見ることができます。
Inspire wonder.(ふしぎを胸に)
私たちは、原因から結果を考えるだけでなく、目の前の結果から原因を推し量っています。表情から気持ちを察するように、日常は「逆問題」に満ちています。しかも、原因だと思っていたものが、じつは結果だったということも少なくありません。「話は反対だったのでは?」と問い、いつもの見方をさかさまにすると、じぶんの思い込みに気づけます。
Try the other way around. (反対向きにやってみよう)
ことばを写すと地図になります。塑像してみましょう。修養の野原、共感の草原、想像の大空、記憶の海原。習慣の大地、時間の空気、気づきの森、勇気の尾根。作法の渓流、間あいの林、未知の星座、希いの群島。変化の崖道、夢の木漏れ日、センスの鰯雲、チャンスの水平線。あなたはいま、どこにいますか?地図を歩くと勇気のとびらが開きます。
Imagine your trail.(じぶんのトレイルを思い描いて)
じぶんの指先がじぶんのものであることが、なぜわかる?身体部位のすべてが脳にマッピングされて(写されて)いるからです。脳には「身体の地図」があるのです。その地図上で、運動の感覚記憶が働き、想像するだけで、身体は動いていなくても、脳が活発に働きます。想像することは運動することなのです。世界とふれあうじぶんが脳に映っているのです。
Imagination is a map.(想像は、地図)
ふだん地図(マップ)と呼んでいるものは、場所の名前を写した絵です。英語のmapは、写すという意味です。大事なことだけを写しとった略画が地図。同じように、心の地図を想像してみましょう。心は、じぶんが世界とふれあう現象です。世界とふれあうことばで地図をつくってみたら、行きづまった時に、そのイメージが力をかしてくれます。
Imagine a map.(1枚の地図を思い浮かべよう)
マヤ文明やクメール文明は、忽然と密林に消えたのではありません。近年、空からレーザー光を照射するライダー測量によって密林の建造物を見られるようになりました。クメールは、水のネットワークで繁栄した文明です。気候変動による被害によって、給水システムが崩壊し、王国は衰退しました。そのイメージから想像を深めることができます。
Fun to imagine deep inside.(奥深くを再現する愉しみ)
水=H2O、ではありません。水という現象、ぜんぶを「水」と呼びます。人間がひとりで生きていないのとおなじように、水分子もバラバラではありません。水分子は動いており、つながりあっています。水は最も溶解力のある液体。物質を溶かし、じぶんのネットワークの中に包み込みます。細胞は小さな海。水のネットワークを想像する愉しみへ。
Water dissoves.(水の特徴は、溶かす力)
ものの見方はどうしたら変わりますか?頭で考えはじめないで、橋の向こう側でも、山の上でも、ちがって見える所にいくことです。いいえ、もっと身近にあります。それは、相手の身になって、じぶんを見ることです。相手は人間でなく、花でも虫でも、目の前の果物でも茶碗でもよいのです。そのようにふるまうことで、自然に見え方が変わります。
Just walk, listen and touch. (歩いて、聞いて、触れる)