反対向きにやってみるだけで変わる
Go Counter-clockwise.(反時計回りにやってみる)
マインドフルネスは心身の健康の秘訣。ではマインドフルになる秘訣は?何ができないかではなく、何ができるかに心をひらくこと。慣れきったままの日常、つまりマインドレスなじぶんに変化をつくり気づく工夫をすること。素材は日常にあふれています。いちばんシンプルな方法は、反対向きに考えること。いえ、実際に反対に回ってみることです。
エンパレットのカテゴリー Inspire 発想
Go Counter-clockwise.(反時計回りにやってみる)
マインドフルネスは心身の健康の秘訣。ではマインドフルになる秘訣は?何ができないかではなく、何ができるかに心をひらくこと。慣れきったままの日常、つまりマインドレスなじぶんに変化をつくり気づく工夫をすること。素材は日常にあふれています。いちばんシンプルな方法は、反対向きに考えること。いえ、実際に反対に回ってみることです。
手で紙に書く行為は、最も身近な勇気のプラクティスです。何を書くのかわからないうちに書き出し、書き間違えます。クワやシャベルで土を耕す行為にも似ています。一回一回が本番です。書くと同時に直すことはできません。いったん書いた後に気づくのです。まちがえるかもしれないという「未知」とふれあう予感が、心の整流化を起こすのです。
Writing is a courageous act.(書くことは勇気のふるまい)
木を見て森を見ずということばがあります。でも、木と森とを同時に見ることはできません。そもそも、ながめるだけでは、森も木もわかりません。森の中を歩く体験がいります。森のまわりを歩く体験がいります。いえ、もっと大切なことはおなじ路を何度も歩くことです。気づいていなかったことに気づくことは、じぶんの未知に出会うことです。
Can’t see the forest nor the trees if you don’t walk again.(何度も歩いてみなければ、森も木も見えない)
記憶とはためておくものではなく思い出すことです。きっかけは、じぶんの「外側」にあります。身の回りの環境にじぶんが包まれることで想起できます。記憶は行為の中に。ふるまいに包まれて、身につけているから思い出せます。 また、記憶は時間の中で精錬されます。静かなひと時をつくり、ことばを声で紡ぐことで、記憶が精錬されるのです。
Memory is refined over time.(記憶は時間の中で精錬される)
「北極圏を訪れた時、西から登る太陽を見たんです。」ある人の話。北極ですか。方角はわかりにくいですね。どうしましょう?選択肢は実際に行ってみるか、想像してみるか。後者ですよね。「ある星に国がふたつありました。大きいほうの国では太陽は東から登ると言い、小さいほうの国では「東かな?西かな?あ、ちがった、南かな?」だそうです。
How could that be?(それってありうる?)
何でもルーティンにすることは現実的に不可能です。想像の力でルーティンを補う必要があります。どんな学びにも共通することは、いま、ここで起きていないことを想像することです。相手の身になって感じるような、共感的な想像力を発揮させることが、いわば、修養の共通ルーティンになります。想像のプラクティスをルーティン化することです。
Imginative experiences seed your senses.(想像の体験がセンスを磨く)
渡邊十絲子さんは言います。「詩は、わたしがまだ知っていない「わたしの感じ方」をつくるきっかけである。」じぶんの身体を使って、じぶん自身にむけて、ことばを声でアウトプットすることによって、はじめて気づくことがあります。いえ、そのようにしないと、じぶんでは気づいていない、「気づくべき何か」が湧き上がってこないのです。
You can only realize something when you say it.
マインドフルネスとは?瞑想?心身の健康法?マインドフル (mindful) とは、気づかうこと、じぶんに配慮することです。じぶん中心になることではありません。その反対です。じぶん自身に心を向けるとは、じぶんを相手にして、見まもることです。無理に意識して、がんばることではありません。じぶんを気遣うひとことを言うことです。
How am I doing?
同じことをしていても、育ち方はちがいます。教わったことが同じでも、いつのまにか、じぶんのやり方でプラクティスしているからです。その過程を映すと、十人十色、さらに一人十色の姿が見えてきます。くりかえす中で生まれる小さな予感や自問に気づき、そこに人がよりそう。その一回一回が、じぶんの内側を育てていきます。
The same seed grows differently. (同じタネでも、育ち方はちがう)
できるようになると、身体や認知の働きが変わり、できなかった時のじぶんには戻れません。だから、相手に何が見え、何が聞こえているか、その内側を直接体験することはできません。お手本ややり方を示すことはできても、代わって調節はできない。じぶんでやってみて、気づき、調節する。そのプラクティスによりそうことが外からできることです。
You can’t undo experience. (経験したことは、元には戻せない)