ひと息で、小さな間をつくる|間[ま]をつくる②
急かされている日常、最も大切なことは小さな間をつくることです。それは端的に言うと、しずかに、ゆっくり息を吐き出すことです。それだけで、一度の呼吸の長さが倍になります!その時間が、間[ま]です。ほどよい間隔とか適切なタイミングといっても漠然としています。そのものさしとなる、大切な宝物が私たちの心身には備わっているのです。
Breathe out.(息を吐き出せ)
急かされている日常、最も大切なことは小さな間をつくることです。それは端的に言うと、しずかに、ゆっくり息を吐き出すことです。それだけで、一度の呼吸の長さが倍になります!その時間が、間[ま]です。ほどよい間隔とか適切なタイミングといっても漠然としています。そのものさしとなる、大切な宝物が私たちの心身には備わっているのです。
Breathe out.(息を吐き出せ)
パテマータ、マテマータ(痛むから、学ぶ)は学びの原点です。胸が痛む。腹が痛む。心が痛む。身体で痛みを感じることが、そのまま、学びになります。学びは、じぶんと相手がつながることです。痛みの感覚が、つながりになります。痛みがなくなれば、忘れてしまいます。だから、ひとこと、声にだして言っておきましょう。痛みを感じている時に。
Pathemata, Mathemata(パテマータ、マテマータ)
「タネをまけば、芽がでるよね。花も実も、きっと咲くね。」と、素直に感じられる心。素直にうけとめて、やってみればよいのですね。ところが、「素直になる」ということが、じつは、いちばんむずかしいことなのかもしれません。なぜかというと、つい、やる前から「そんなことしても、ムリ、ムダ」ということのほうに気をとられてしまうからです。
Why not? (ん?まかない? まくでしょ?)
エマーソンのことば「思いのタネをまく」。思いのタネをまけば、それが行動になり、習慣になり、心の路になっていきます。でも何もしないと「いいことばだなぁ」のままになってしまいます。どうしたら本当に「思いのタネ」をまけるのでしょうか?それは、一体、何をすることなのでしょうか。静穏の中に思いのことばを声に出すことです。
Sow a seed. (タネをまこう)
現代の日本語を使う私たちの日常は、「ことば=文字」というイメージが強いですね。文字に音がついているイメージ。いわば、カナモジを読むように話します。今から100年以上前、言語の本質は音声表現にあることを熱心に説いた折口信夫の『言語情調論』を紹介します。言語は、まず音声であること、「音のまとまり」処理が心の働きを生むこと。
現代を生きる私たちに共通の問題は「多すぎ・少なすぎ」です。多すぎるものは「入力」。とめどなく情報を取り入れ、「正解」を求めて、知識の入力ばかり。どれだけ知っているかがすべて。一方、少なすぎるものは「出力」。どれだけじぶんでできるか。行動という出力こそ。エンパシームは、出力を補助し、「多すぎ・少なすぎ」問題を補正します。
Output what you input.(入力したものを出力しよう)
Less = more という等式について。何かを減らすことで、多くなる。また、何かが増えることは、何かが減ることでもある。うるさすぎ、飾りすぎ、構えすぎ、考えすぎ。自分中心すぎ。これらを減らすと?感じられる回数が、実感の時が増える。つながり、結びつきが増える。わけへだてをなくせば、チャンス、可能性がふえるのです。
Less is more, more is less.
自由な創造に必要なもの。それは制約です。脳は無限に近い可能性をもつ神経の集合体であり、何に注意を与えないかという選択に莫大なエネルギーを費します。制約することで脳の仕事が楽になります。エンパシームは、短い時間に集中力を引き出す、新しいフレームです。自然な流れの中に制約をもうけることで、想像の力が発揮されるしくみです。
We break out of the box by stepping into shackles.(足かせをはめることで、現状を打ち破れる)
以心伝心は、不立文字と対になることばです。私たちは、ことばがあり、それを使ってコミュニケーションができると考えていますが、実はそうではありません。話は逆。英語のプラクティスをするとわかります。文字でことばを知っているだけでは、コミュニケーションはできません。音でコミュニケーションするからことばを使えるようになるのです。
Connect your heart.(以心伝心)
坐禅は、静穏に坐り、なりきる姿勢をつくります。大和和尚は言います。「仏の行いをしている時、人は仏になっている。仏になるために修行するのではありません。プラクティスしている時だけが、仏。英語耳°トレイル®も、禅の「なりきる」に倣います。手本のセリフの全体感をまねます。まねて、なりきって、似せられたかを比べて確かめるフローです。
Act of Becoming.(なりきる)