じぶんに声できいてみる

森博嗣さんは、こう言います。
「リンゴは赤いという言葉を知ると、子供はリンゴの絵を描くときに赤いクレヨンを塗るだろう。本当にそんな色なのだろうか。

どんなものにも、いろんな面がある。一方向から眺めているだけでは本質を見極めることはできない。また、見極める必要もない。観察できるものを素直に受けて止め、清濁を併せ呑んで理解すればよい。そのためには、ものごとに集中しない、拘らない、思い込まない、信じ込まない、ということが重要であり、いつもあれこれ考えを巡らす分散思考が少し役に立つ。絶対に役に立つとか、すべてこれでいける、というものではない。それでは「分散」の意味がなくなってしまう。

無限のひと時

岩田慶治『無限と瞬間』より。

「一瞬、枝の小鳥が飛び立ったと言い、ぽっかりと蓮の花が咲いたと言うけれども、それは刹那あるいは一瞬の断片だったのではないだろうか。

その一瞬、山雀が枝を離れたと見ると、すでに数えきれない山雀が群れて空を渡って行く。そのとき、純白の蓮がいっせいに花を咲かせている。一瞬、一刹那のなかに同時という時があって、その時が無限に通じているのであった。

そうでなければ、ブッダの開悟したとき、そのとき草木虫魚同時成道などとは言えないではないか。 われわれは無造作に瞬間というが、実は瞬間と瞬間のあいだには、隙間があった。余白があったのだ。

素心深考

素心深考そしん しんこう

広中平祐さんは、こう言います。
「なぜ学ぶのか?それは、目には見えないが、生きていく上に非常に大切なもの、「知恵」を身につけるために。そのためにいちばん大切なことは、素朴な心「素心」を失わないこと。

私たち人間は日常生活の中でとかく自分の立場にたってものごとを考えがちなもの。自分の希望・願望・主張が原因となって、相手との間にトラブルが生じることが少なくない。このような時こそ、相手の立場にたってものを考えること。

相手と一体になって考える謙虚さが、素心。

素心は、日常生活の中だけでなく、学問していく中で、もっとも基本的な条件である。事実を事実として受け入れること、失敗することによって、身をもって修得するために。素心によって深く考えることができる。

自然とのふれあいの中に

テクノロジーということばを聞いて、どんなことを思い浮かべますか?

技術の研究や開発に直接関わっている人も、自分の日常は直接関係のないという人も、テクノロジーとまったく無縁に暮らしているわけではないですよね。

テクノロジーとは、人間の外側で、人間の力を補ってくれる便利なもの、役立つしくみ。それは、もともと、人間が生み出したものです。また、これからも、そうあり続けるでしょう。

伊丹敬之さんは、「技術」を次のように説きます。
「自然が内包しているきわめて豊かな論理の全体の中から、人間の認識の中へ体系的に切り取られ、他者による再現や利用が可能なように体系化された論理的知識の総体」

🌱自然の力をだれもが活かせるようにする

希いを生きる

こんなことを言った人がいます。
マークトウェイン風のことばです。

Don’t dream your life.
 (人生を夢見てはいけない)

Live your dreams.
 (希いを生きよ)

人生ということばを聞くと、じぶんが生きる以前に、漠然と「人生なるもの」があるかのような気にさせられます。でも、それは「人生」という概念上のこと。便宜的に、「人の一生」を一般化しているだけです。

心得のメソッドとは

道元禅師『典座教訓』(てんぞきょうくん)から。

典座(てんぞ)とは、炊事係のことです。
料理の心得をこのように説きます。

食材を管理は、自分の瞳のように大事にしよう
米を洗い菜を調える時、真心をこめ細心の注意を
食材の量や質を気にせず、親切丁寧に調理しよう
ご飯を炊くには、お釜が自己となる
米をとぐときは、水そのものが自己となる
食材と道具は自己そのもの。分け隔てないこと
食事を作ることはありがたきこと、喜びの心を
食べ物は、親が子供を思いいたわるような心で

空気つぶの海で

の:ドラえもん、音って何だっけ?
ど:空気分子が運動してできる気圧の変化のこと。
の:気圧?天気予報みたいに?
ど:そう、空気の状態。それをどう感じるか。
の:音は波だってきいたよ。
ど:動きが波のように伝わって、濃淡ができるだね。
の:波が飛んでくるじゃないの?
ど:つぶがぶつかりあい、波のように伝わるかんじ。
の:波線みたいなのがやってくるのかと思ってたよ。
ど:絵にする時に、そう表現するだけだよ。それにあうようにグラフの目盛りをつくって。
の:何で聞こえるの?
ど:耳はすごいんだよ。気圧の変化の全部じゃないけど、耳は速い気圧変動には敏感なんだ。
の:ぼくの声も気圧の変動になるの?
ど:そうだよ。喉の奥、声帯のふるえで。人間の身体でいちばん速く動く筋肉。1秒に何100回もね。

Less is More

Less is more.(少は多なり)

何かを減らすことで、多くなる。また、何かが増えることは、何かが減ることでもある。この less = more という等式について、少し考えてみましょう。

数量的に何を減らすのでしょうか?
身にあまる量、入りきらない数。速すぎるスピード。
早すぎるタイミング。これらを少なくすることです。

質的に少なくすることは何でしょうか?
うるさすぎ、飾りすぎ、構えすぎ、考えすぎ。自分の都合中心すぎ。これらを減らすことです。

わけへだてを、へらすこと

i am life

じぶんのふるまいだけが、唯一のもちもの。

ブッダのことば。

My true belongings are my actions.

私の記録。私の記憶。私の想像。
私の家族。私の友人。私の会社。
私の人生。私の幸福。私の成果。

みんな私の持ち物なの?

他に呼びようがないから?

生きてゆく、このいまのふるまいだけが、じぶんによるもの。ほかには、何ひとつ、ない。
英語で、こんなふうに言ってみます。

人は物語を生きている

La vida no es la que uno vivió, sino la que recuerda y cómo la recuerda para contarla
(生きるとは、人生の出来事ではく、思い出すことである。思い出して、どのように語るかである。)

ガルシア=マルケスのことばです。最後の著作『Vivir para contarla』(生きて、語り伝える)は、生きることと物語をつくることは同じことだというのです。
人は生きる意味を「物語る」ことで生きているー