エンパレットのカテゴリー Nurture 心を養う

AIはことばの変換機|AIの見え方が変わる①

AIは魔法の箱なのでしょうか。「入力 → 変換 → 出力」という捉え方で、AIは違って見えてきます。AIは、人間のことばをそのまま理解しているのではありません。入力されたことばを内部で数のまとまりに変え、関係を計算し、またことばとして返しています。答えているように見えるAIを、「ことばの変換機」として見てみます。

What is AI, really? (ほんとうのところ、AIって何だろう)

じぶんがミッシングピースだった!|絵本・童話に生きる共感②

私たちは、自分の中に何か欠けたものがあると考えますね。でも本当は「じぶんに」何かが欠けているのではなくて、じぶんの存在する世界を忘れているのです。じぶんを包んでいる世界。じぶんもその一部であることを忘れているのです。じぶんのミッシングピースを探すのではなく、じぶんがミッシングピースになっていることに気づくことです。

I am the missing piece.(じぶんのほうがミッシングピース)

Two men under a streetlamp at night; one kneels by a curb examining the ground, while the other stands and gestures beside a brick building.

明るいところにカギはない|「正解を教えて依存症」に気づけ

こんなジョークがあります。「カギを失くした?ええ、落としたのはあっち。でもこっちの方が明るいから。」この話を笑えない現実があなたの身にも起きているかもしれません。例えば、次のセリフに心あたりはありませんか?〇〇するにはどうしたらいいですか?〇〇を教えてくれるいい教材ありませんか?〇〇を教えてくれるいい先生いませんか?

Lost your keys? Yeah, I lost them over there but this is where the light is. (カギを失くした?ええ、落としたのはあっちなんですが、こっちの方が明るいんで)

ゼロ人称のじぶん②(じぶんと自分)

脳の中にはふたりのじぶんがいます。ひとりは今、体験しているじぶん。もうひとりは後で思い出す自分。今感じているじぶんと、後で意味づけをする自分がいます。自分でじぶんはよく見えない。客観なら見える?客観とは外から見た私です。日々の小さなふるまい、心の中の動きは主観にも客観にも、よく見えないのです。どうしたらよいでしょうか。

Listen to the silent self.(おとなしいじぶんの声をきく)

ゼロ人称のじぶん①(発話以前のわたし)

相手に話す以前のじぶんは何人称?相手に話しかけるから「私」と呼びます。つまり、「私」は「あなた」とセットの概念です。一人称の「私」以前の、じぶんがあります。思っているじぶん、考えているじぶん。じぶんに語りかけるじぶん。それはゼロ人称のじぶん。そのじぶんを包み、なぞり、確かめるように、声をかけて生きているのです。

Explore Self.(じぶん探索)

じぶんという素材でつくる② |タコとじゃがいもの出会い

Pulpo A La Gallega (タコのガリシア風)。やわらかく茹でたタコとじゃがいもの、組みあわせの妙。脇役も大切な役割を果たします。いえ、脇役がいないと、Pulpo A La Gallegaにはなりません。おいしさの秘密は素材が融合してわけへだてのない状態になること。じぶん自身もひとつの料理としてみると?

Every action counts.(すべての所作が大切)

じぶんが葦になる |パスカルの真意

「人間は考える葦」で知られるパスカル『パンセ』。「動物や植物とは違って、考えることができるから、人間は偉い」という意味ではありません。パスカルは言います。「葦を押しつぶすのは、一滴の水でできる。人間はじぶんの弱さを知るからこそ、尊いのだ。」心をひらいて共感することが先にあって理性を包み込んでいる。それが心の理性です。

I am a reed. (じぶんが葦になる)

Abstract brain illustration in blue, green, orange, purple, and pink hues on a blue background with vertical Japanese text: '空より広く 海より深く 声のきたる路 たましいの夢'.

たましいの夢 Wider than the sky

「母は、エミリー・ディキンソンと言い、ぼくは、エーデルマンと言った。おなじものが、ちがって見えた。ちがうものが、ひとつに聞こえた。世界は、詩の声でできている。脳の中に、空よりも広く、海よりも深く、空気より透明な、たましいの、手紙。人は、声の中に生きている。いつでも。いつまでも。」

We live in voice.(声の中に生きている)

わからなさを生きる中に|ひらめきの源泉 ⑤ 漱石のサイエンス=アート=プラクティス

漱石『明暗』は、ポアンカレの「偶然=見えないほど複雑な因果」という着想を背景に、人間という存在の「明と暗」を描く未完の小説です。偶然は、ただの運・不運ではなく、心の中の未練や執着、虚栄や自己欺瞞も含む、見えない因果の網として現れます。未完とは閉じていないこと。未知に開かれた「わからなさ」の中にひらめきの源泉があります。

The unknown remains open.(未知はひらかれている)

他者にひらめきを|ひらめきの源泉 ③ 漱石のサイエンス=アート=プラクティス

寺田寅彦は、漱石先生に会って話していると心の重荷が軽くなり、その存在そのものが心の糧であり薬であったと回想しています。漱石との対話に常にインスパイアされていた様子がうかがえます。ひらめきは、どこかから突然やって来るものでも、一方的に与えられるものでもなく、心のふれあいの中で相手にも自分にも生まれてくる相互作用なのです。

Inspiration is mutual.(ひらめきは相互作用)