じぶんから友になれ|友を得るただひとつの方法
The only way to have a friend is to be one.(友人を得る唯一の方法は、自らが友となること)エマーソンのことばは響きます。「すばらしい師、先生、コーチが欲しい。有望な弟子、教え子が欲しい。思いやりのあるパートナー、支援者が欲しい。」いえ、そうではなく、じぶんから友になることです。
The only way to have a friend is to be one.
エンパレットのカテゴリー Nurture 心を養う
The only way to have a friend is to be one.(友人を得る唯一の方法は、自らが友となること)エマーソンのことばは響きます。「すばらしい師、先生、コーチが欲しい。有望な弟子、教え子が欲しい。思いやりのあるパートナー、支援者が欲しい。」いえ、そうではなく、じぶんから友になることです。
The only way to have a friend is to be one.
論語は、倫理道徳を教える儒教の経典と言われますが、実は、人びとが共に、よりよく生きるためにどうしたらよいかを、孔子が弟子たちにやさしく説いた、具体的な行動の指針です。孔子は、知識以前に、恕(じょ)が最も大切である、と説きます。それは、相手の身になること、共感の心です。そして、じぶん自身をも思いやる心だと言うのです。
Empathy matters most.
エンパレットは、声セリフと絵を組み合わせて、じぶんでつくる新しい体験ツールです。日常の声のことばを、カード型紙芝居のようにして残せます。ありふれた出来事も、肉声のひとことを取り出し、画像と見える声でセリフを演出し、あなたにとって、そしてあなたを思う人、応援する人、ファンにとってもかけがえのないコンテンツになります。
声を聞くとその人のイメージが浮かびます。その人を知るとその人の声が思い出されます。記憶に刻まれると声とイメージが一体化します。別々のものをつなげるのではなく、もともとつながっています。音声とイメージが融合するところに言語が生まれ、人間は言語と共に進化してきました。肉声の中にイメージが宿り、その中に声のことばが宿ります。
Voice is the soul.(声はたましい)
共業(ぐうごう)ということばがあります。業は行為です。地球上のすべてが存在するという行為をおこなっている。世界はお互いが関係しあい、成り立っています。私たちはじぶんがいて、それが生きていると考えますね。でも実は、環境とやりとりして生きているという現象があるから、いのちなのです。いのちは「共に生きている」ということです。
We all live together.(みな、共に生きている)
Inspire imagination. ひらめく。
想像してみてください。森で風が吹いています。オークの木々がゆれています。ザワザワ、音がしているはずですよね。いいえ。木々の揺らぎ自体に音はありません。音はあなたがそこにいる時だけ、あなたの耳に聞こえます。 聞こえないはずのものが、ある。というより、聞こえないから想像するのです。見えない・聞こえないからこそ、あるのです。
It exists in your imagination.(想像の中に存在する)
空間の間も、時間の間も、じぶんと相手とのふれあいから生まれます。間の根源は、共感的な想像が湧き起こる場、その瞬間。息と声と姿勢で形になります。ただし、急にはつくれません。間には、必ず、ひとつふたつと数えられる、順番のある流れが必要です。エンパシームはその流れをつくってカプセルにおさめ、人と人とのほどよい間をつくります。
You have the power.(その力がある)
パテマータ、マテマータ(痛むから、学ぶ)は学びの原点です。胸が痛む。腹が痛む。心が痛む。身体で痛みを感じることが、そのまま、学びになります。学びは、じぶんと相手がつながることです。痛みの感覚が、つながりになります。痛みがなくなれば、忘れてしまいます。だから、ひとこと、声にだして言っておきましょう。痛みを感じている時に。
Pathemata, Mathemata(パテマータ、マテマータ)
ふれあうことは、そのものになること。相手の身になること。ほんの、ひと息のじかんのできごと。それを「共感の時つぶ」とよぼう。想像してごらん。つぶのように小さくて丸いじかんを。ひとつひとつが寄り添い、呼び合って、つながるから。しらないうちに、ひらめくがじぶんができる。私たちの「じぶん」は、共感の時つぶでできている。
I am you.