生きていることがありがたい|声に出す Give Thanks
Thanksgivingとは、Give thanks. ありがとうと声にすること。Thanksはもらうものではなくあげるもの。 声にだして確かめ、贈ることば。みんなが声でわかちあうこと。感謝は、人にだけではありません。いまこうして字を書いてくれる指、ペン、ノートにも。ありがとうと、空気を響かせて伝えてくれる声にも。
I am grateful for what I am and have.
エンパレットのカテゴリー Nurture 心を養う
Thanksgivingとは、Give thanks. ありがとうと声にすること。Thanksはもらうものではなくあげるもの。 声にだして確かめ、贈ることば。みんなが声でわかちあうこと。感謝は、人にだけではありません。いまこうして字を書いてくれる指、ペン、ノートにも。ありがとうと、空気を響かせて伝えてくれる声にも。
I am grateful for what I am and have.
耳は聞く役割、目は見る役割。それぞれ別系統で情報を入力しています。大脳皮質の中で、目から来た情報の波と耳から来た情報の波がぶつかるところに発生するのが言語です。別々の情報経路を共通にできるのが人間の脳。そのようにしてことばは生まれ、人間は進化しました。耳と目の結婚によって、ことばは五感と結ばれ、全身と一体化しています。
Ears and Eyes got together and created language.(耳と目が結婚してことばが生まれた)
エンパシームは、じぶんの修養風景を鏡のように映します。また、それだけではなく、じぶんとおなじような友に寄り添うことができます。人間に備わった力。それは、だれもが、いま、こうして共に生きている、という存在の力です。その力は、共感の力。目には見えないけれど、感じることができます。声を思い出して、心でふれあうことができます。
You are not alone.(ひとりぼっちではない。みんなおなじ)
プラクティスはまねることから。お手本に近づくことが第一歩。大切なことは、その時、夢中になることです。夢中になっている時はじぶんでは気づきません。後から、楽しいという思いが湧き上がって夢中だったことがわかります。私たちには夢中のチカラがあります。夢中のチカラで思いを描くことです。そうすると、いろいろつながってきます。
Cultivate connections.(つながりを育てよう)
孔子は60歳の還暦を「耳順」(耳したがう)と言いました。なるほど、素直に人の話を聞き入れられるというのは大変なことなんだな、と。でも、ちょっと変な気もします。聖人が60年の歳月をかけ、ようやく、耳がしたがうようになったというのです。それほどの時間がかかるもの?だれもがふだんから「聞き入れている」のではないでしょうか?
Internalize your speech seeds.(じぶんのことばとして内面化せよ)
アメリカでは、いたるところに生えているウルシ科の植物、ポイズンオークとポイズンアイビー。葉にも茎にふれるだけで、ウルシオルと呼ばれる樹液がついてものすごいかぶれを起こします。でも、毒が身体中に染みる機会は心の修養にもなります。身体とふるまいをふりかえり、静かに待つこと、じぶんひとりではないことを、身を以もって学びます。
Pain is companion for life.(痛みは生涯の友)
かけげがえがないとは、他に代わりがないことです。宇宙には無数のものごとがあるのに、じぶんという存在はたったひとつ。すべてのものごとが、ユニーク(他に同じものがない)で、かけがえがないのです。このことばで、構える必要はありません。むしろ、なんの変哲もない、ふだんあたりまえのように思っているものに、心を寄せてみることです。
Be yourself. Everybody else is taken.
「メロンスープの海に浸っている!」ものごとを反転させて考えてみることも大切です。何でもあたりまえになって慣れてしまうことが、「気づく力」を弱めるからです。日常の身近なことで、さかさまにしてみるプラクティスは、こんなところにも!委ねる、という手があったんですね。身体がお湯に包まれるといい気分になりますね。それと同じです。
Immerse yourself.(ゆだねて、ひたれ)
日本の近代黎明期、井上円了は生涯をかけて、宇宙と心の「不思議」を探求し、その哲学を日本の隅々まで伝道しました。師と共に学ぶ。友と共に学ぶ。「共にある」という思いが、大きな支えになります。エンパシームは、先生のことばとじぶんをつなぐ路になります。修養トレイルは、その路の案内・伴走役となり、日々のプラクティスを助けます。
I’m with you.
アリにはアリの、チョウにはチョウの、サクランボにはサクランボの世界があります。みなそれぞれちがう、じぶんの世界を生きています。生物にとって、意味あることだけが知覚されます。ユクスキュルはそれを環世界 と呼びました。「行動は刺激に対する物理反応ではなく、環世界あってのもの。」私たちはじぶんという風土を生きているのです。
Cultivate your mind.(じぶん風土を育てよ)