母も時なり③|情感が心の世界
母の面会記から。辻褄があわないのではない。こちらが聞き取ろうとしていないだけ。じぶんの頭でわかろうとするから、わからない。じぶんにわかるような意味だけを聞こうとするから聞こえない。届いていないのはこちらの耳の方。声にする時、わきあがる情感。内側の世界が外側に溢れて出ている。あとから、ふりかえることで湧き上がる世界。
Presence is life.(情感は、いのち)
母の面会記から。辻褄があわないのではない。こちらが聞き取ろうとしていないだけ。じぶんの頭でわかろうとするから、わからない。じぶんにわかるような意味だけを聞こうとするから聞こえない。届いていないのはこちらの耳の方。声にする時、わきあがる情感。内側の世界が外側に溢れて出ている。あとから、ふりかえることで湧き上がる世界。
Presence is life.(情感は、いのち)
世界がそこにあって、それをじぶんは見ている。ありのままに受け取って。そんなふうに思っていますよね。でも、実はそうでありません。じぶんの受け取り方、感じ方で見えるものが違いますそれ以前に、関わろうとしてなければ、見えません。じぶんの身体で感じことによってしか、見えないのです。じぶん自身が生きていること自体が世界の鏡です。
You do not see the world as it is. You see it as you are.(世界は、ありのままには見えない。じぶんとして映るのだ
道元禅師の『正法眼蔵』に、「前後際断」ということばがあります。起きている時と寝ている時では、時間と存在のあり方がちがう。冬が春になるのではなく、春が夏になるのでもない。冬には冬のあり方、春には春のあり方がある。生もその時のあり方である。死もその時のあり方である。その時は、その時としてある。今という時を生きているのです。
Death is within life. (死は生の内側にある)
The heart is counting up, not down, until the final beat.(鼓動は、カウントダウンではない。いのちがたたまれるその時まで、数えあげている)
ソフトウェア開発部での会話。プロジェクトリーダー(男性)と、ソフトウェアエンジニア(女性)の会話シーンです。
人事部(HR Department) での会話。Performance Review (業績評価)について、ふたりの同僚が話し合います。
Performance Review: We lift people up, not push them aside.
『母をたずねて三千里』は、アミーチスの小説『クオーレ』に収められた「五月のお話」です。少年マルコの旅の背景には近代国家になったばかりのイタリアの貧しさと移民の歴史がありました。それは明治の日本とも重なります。家族を助けるために母が海を渡る。残された子どもが手紙を待つ。便りが途絶える。そして少年が母をたずねて海を越える。
Voices cross the ocean.(声は海を渡る)
ムンクの『叫び』。実はこの人は叫んでいるのではない、世界の叫びを聞いているのだ、という解説がされます。でも、その説明もまた、まだ途中なのかもしれません。自然の叫びが、その人の身体に宿る。その人の身体を通って、私たちにも聞こえてくる。ムンクが描いたのは、叫びの主ではなく、叫びに貫かれ、叫びになってしまう人間です。
You become it.(じぶんがそれになる)
よく広告やマーケティングでつかわるフレーズ。勝利の方程式。成功の方程式。幸福の方程式。そういうものがあると飛びついて、教えてもらいたい。と、一瞬も思うかもしれません。でも、違和感が残ります。なぜでしょうか?それは、右側が「他人の結果」だからです。同時に、左側は自分がまだ体験していない、トライしていないことだからです。
You’re the equation.(じぶんが方程式)
方程式の「方程」とは何でしょうか?昔、中国には、方程師という職人がいました。はかりで、測る人のことです。右と左を見くらべる。 つりあいが取れた時、両者は同じだとわかります。一見ちがう「もの」を、同じ「こと」として結びつける。方程式とは、見えないつりあいを、見える形にしたものです。ふだん私たちは、左側だけを見ています。
Equations visualize the unknown. (方程式とは、未知の見える化)
手は脳の〈見える化〉されたもの。手は、脳の入り口であり、出口です。私たちは、手の動きで脳を育てています。頭の中に何かあることを、取り出して書くというより、書こうとするから、ことばが紡ぎ出される。日記は記憶の倉庫ではありません。手で、じぶん自身を残すしかけです。じぶんのふるまいを写す鏡。その鏡はタイムマシンでもあります。
Write time by hand.(手が時間を書く)