種の中の種子が育つように(肉声のシードをまく)
柿の種の周りについたゼリー状の食物繊維を取り去ると、茶色いのツルツルの種がでてきます。が、それは柿の種でなく、種子を包む殻です。本当の種はその中にあります。茶色尾の殻は、いわば「芽生えの素」をいれたカプセルです。エンパシームも、おなじです。静穏の空気に声のタネ(Seed)をまいて、育てます。じぶんを育てるタネなのです。
Nurture your seeds.(タネを育てよ)
柿の種の周りについたゼリー状の食物繊維を取り去ると、茶色いのツルツルの種がでてきます。が、それは柿の種でなく、種子を包む殻です。本当の種はその中にあります。茶色尾の殻は、いわば「芽生えの素」をいれたカプセルです。エンパシームも、おなじです。静穏の空気に声のタネ(Seed)をまいて、育てます。じぶんを育てるタネなのです。
Nurture your seeds.(タネを育てよ)
私たちの暮らしに最も密接なことば、オノマトペ。使わずに1日を過ごすのは至難です。日本語はオノマトペに満ちた言語。ものごころがつく頃にはオノマトペを使いこなしています。擬態語や擬音語と呼ばれますが、端的にいうと音で表した絵、絵になる音。それは身体感覚。音とイメージは表裏一体です。いいアイディアを紹介します。
Sound is image, image is sound, in your mind.(心の中、音は絵、絵は音)
人間は宇宙の一部。この身を包んでいる自然と共に生きています。でも、ふだん、自分でじぶんを観察することをしないので、そのことを忘れています。でも、本来、私たちと、自然の物事の本質はおなじです。みな同じように、活気をもち、自然に生き生きとする姿はおなじ。その貴重な手がかりが、すぐ目の前にあるのです。手でふれてみることです。
Keep in touch.(しかと、ふれよ)
絵本『いつでも会える』は、飼い犬が飼い主をなくす話です。犬のかなしみが人間のかなしみを語ります。犬のよろこびが人間のよろこびを語ります。犬の心と人間の心とがつながっています。犬の気持ちになって、じぶんによりそう、ということができるのです。相手の身になると、じぶんに寄り添えます。私たちは共に感じる世界に生きているのです。
ことばを写すと地図になります。塑像してみましょう。修養の野原、共感の草原、想像の大空、記憶の海原。習慣の大地、時間の空気、気づきの森、勇気の尾根。作法の渓流、間あいの林、未知の星座、希いの群島。変化の崖道、夢の木漏れ日、センスの鰯雲、チャンスの水平線。あなたはいま、どこにいますか?地図を歩くと勇気のとびらが開きます。
Imagine your trail.(じぶんのトレイルを思い描いて)
サン・アンドレアス大地溝帯の真上にある森林トレイルの路上に、ひらりと舞い降りた一匹の蝶!地図でじぶんが歩いたトレイルを指でなぞると記憶がよみがえります。英語のtrail は、大地に足跡ができるように、線をつなぐ、という動詞。トレイル空間にいるじぶん。身体内の脳にある「身体運動地図」。そこにじぶんの姿が写っています。
Imagine your trail.(じぶんのトレイルを思い描いて)
ふだん地図(マップ)と呼んでいるものは、場所の名前を写した絵です。英語のmapは、写すという意味です。大事なことだけを写しとった略画が地図。同じように、心の地図を想像してみましょう。心は、じぶんが世界とふれあう現象です。世界とふれあうことばで地図をつくってみたら、行きづまった時に、そのイメージが力をかしてくれます。
Imagine a map.(1枚の地図を思い浮かべよう)
マヤ文明やクメール文明は、忽然と密林に消えたのではありません。近年、空からレーザー光を照射するライダー測量によって密林の建造物を見られるようになりました。クメールは、水のネットワークで繁栄した文明です。気候変動による被害によって、給水システムが崩壊し、王国は衰退しました。そのイメージから想像を深めることができます。
Fun to imagine deep inside.(奥深くを再現する愉しみ)
水=H2O、ではありません。水という現象、ぜんぶを「水」と呼びます。人間がひとりで生きていないのとおなじように、水分子もバラバラではありません。水分子は動いており、つながりあっています。水は最も溶解力のある液体。物質を溶かし、じぶんのネットワークの中に包み込みます。細胞は小さな海。水のネットワークを想像する愉しみへ。
Water dissoves.(水の特徴は、溶かす力)
「なぜ?」原因や理由を知ろうとするのは「あたりまえ」だと思っていますよね。ところが「なぜ?」には、意外な落とし穴があります。それは、簡単に探せる答えをあてはめてしまうことです。よくわからないことでも、じぶんで原因や理由をつくりだし、それをことばにして決定づけることになります。それを防ぐための、いい方法があります。
¿Para qué?(何のために?)