春花秋月これ心なり
心の働く様子が花であり月である。心とはじぶんと春花秋月のぜんぶです。道元禅師が生涯をかけて取り組んだ主題。それは、自然宇宙が一枚の詩画となり、そこで「声のことば」が響いてくる世界です。じぶんが眼前の宇宙と一体化する「イマジネーションのプラクティス」です。宇宙と共に生きるとは、むずかしい理屈ではなく、無心になることです。
Every moment is you.
心の働く様子が花であり月である。心とはじぶんと春花秋月のぜんぶです。道元禅師が生涯をかけて取り組んだ主題。それは、自然宇宙が一枚の詩画となり、そこで「声のことば」が響いてくる世界です。じぶんが眼前の宇宙と一体化する「イマジネーションのプラクティス」です。宇宙と共に生きるとは、むずかしい理屈ではなく、無心になることです。
Every moment is you.
佐伯胖さんは言います。「 世の中にはあなたの助けを待っている人がたくさんいます。そういう人たちに「何か」をしてあげてください。私たちは、期待を寄せてくれる人たちに共感することで「学び」に駆り立てられます。自然界の物事があなたが心を寄せて「いまだに知られていないこと」を「知られるように」してくれるのを待っているのです。」
We live in empathy.
インスピレーション。ピアノの鍵盤「ドレミファソラシド」にひとつひとつ顔をつけるのです。ある日、先生がピアノを弾く時の鍵盤のあがりさがりが、ドレミファソラシドという小人の動きに見えたことに得た着想でした。紙を小さく丸く切り取って、ひとつひとつ顔の絵を描き、そっと置いてふたをしめ、開ける瞬間の驚きを想像しながら待ちました。
Inspire imagination.
「ものに共感のまなざしをむけ、語りかけることで、共感の土壌を培う。」というと「人間にだけ、共感すればよい」と思うかもしれません。しかし、それは知らないうちに「わけへだて」を定着させ、自他対立的に物事をみる習慣を強固にします。ものにやさしく接することができないのに共感の心を養うことはできません。人間以前の土壌がいります。
Interact.
We are life.
ひとつのいのちは、広大な宇宙の中の、小さな世界。 いのちといのちのあいだに、じかんはある。じかんは、わたしたちがつくるもの。固有のじかんが、いまも生きている。エンパシームの中に、としこさんの声がのこっているエピソードです。
日常のほとんどは「無意識」です。無意識は「意識がない」ことではありません。意識も無意識も、環境と相互に作用しあう身体の働きであり、そのあらわれです。刻々と変化する状態の全部をあわせて「心」と呼びます。エンパシームには、意識と無意識の境目の、身体行為の縁を写し、プラクティスに利用するための「じぶんのピース」です。
テクノロジーが生活を便利にし、人間ができないことをやってくれ、それで人間の生活が豊かになるのなら、それでよいではないか。そんな暗黙の前提で進んでいる現代社会。どこに問題があるのでしょうか?それは、人間の本来の力が社会に活かされにくくなっていることです。そのこと自体が気づきにくく、わたしたちが無自覚にいることです。
What matters most?(いちばん大切なことは?)
恩師のことば「大きな夢と小さな努力。小さな夢と大きな努力。」問題を解くだけでなく、問題を一緒につくり、共に考える体験を授けてくれた。大きな夢には小さな努力の継続がいる。小さな夢を保つには、大きな努力と勇気がいる。ルソーは『エミール』の中でこう語っている。「わが子よ、勇気がなければ幸福は得られない。」時々、思い出そう。
Be courageous, stay true.
ある夕方、スーパーのレジにて。中年の女性客が赤ワインを1本を差し出すと、レジの女性は、笑顔でひと言、声をかけました。そのひと呼吸後、その女性は思いがこみ上げてきたのか、突然泣き出しました。レジの女性はカウンターから出てきて、その女性客をやさしく抱きしめました。娘が母親をいたわるような光景。何となく、事情が察せらます。
You’re not alone.(みんな、おなじ)