養生・やさしくなること

養生(ようじょう)ということばを辞書でひくと、病気の回復、健康の増進という説明が出てきますが、本来、治療や栄養の補給のことではありません。江戸時代の本草学者・貝原益軒は、『養生訓』でこう記します。人間が本来もっている心身の調和を保つこと。心身の平静を保つようにじぶん自身をみちびくこと。やさしい心を持つことです。

Take care.

こわれて、はじめてわかる。

「失敗を恐れるな」は、よく聞くことばです。でも、すでに「失敗=怖いもの、よくないこと」という雰囲気が漂っています。本来、失敗は「恐れる・恐れない」という対象ではなく、学びのいちばん大切なプロセスです。気づかぬうちに「何も試さず、その機会を捨ててしまう」という選択肢を選んでいるのだとしたら、それこそが本当の「失敗」です。

Give it a try.

思う以前に感じている

私たちはふだん、「悲しいから泣く、怖いから震える」というふうに考えますね。ところが実際には「泣くから悲しい、震えるから怖い。」というプロセスがあるのです。脳は末梢神経とつながったシステムであり、身体の一部です。身体は環境との相互作用によって働きます。心が行為に影響し、また逆に、行為が心(気分、情動)に影響するのです。

If you smile, it makes you happy.

そのように、声に出して言う。[ソクラテスが本当に言ったことは?]

ソクラテスの「汝(じぶん)を知れ」ほど、ほとんど正反対の意味に受け取られていることばはありません。「じぶんを知れ」とは、知ったつもりになることではなく、また「自分には、その知識がない」ということでもありません。じぶんを知るとは「じぶんは知らない」ということに気づき、それを声に出していつも思い出せるようにすることです。

Unlearn “you know yourself.” Learn to accept it.(知っているつもりにならない。素直に受け入れることが、学び)

じぶんに手入れをするプラクティス [あゐてにふすいま]

ものごとが続かない理由は、空気抵抗や摩擦に似ています。私たちはふだん、やればできるはずとか、続ければいいんでしょ、と思いがちですが、それだけでは、摩擦や抵抗を無視して、また補助や補給を考えないのと同じです。体を動かす時には水を補給します。何かを続けるには、摩擦や抵抗を減らし、補給をする必要があります。自然の理です。

呼吸はやすらぎ

呼吸は「体を整える窓口」であり「心を整える」ことです。本間生夫さんは、こう言います。「呼吸筋(吸う担当の筋肉と吐く担当の筋肉)を鍛えることが大事だと言います。ジェームズ・ネスタさんは、呼吸の科学で「ゆっくり、鼻で呼吸することの大切さを説きます。呼吸は安らぎの根源。エンパシームで実際にプラクティスする習慣をつけましょう。

Slowly breathe out, breathe in.(ゆっくり息をはいて、吸います)

[毎プラ] トレイルマップと配信ガイド (トレイル2)

エンパシームのてびきに今日のエンパレットが届きます。つながり「毎プラトレイル2」には、毎日の配信が届きます。シード(声のことば)の中に、エンパレットをふたつずつ、お届けします。プラクティスのツボとあわせてお楽しみください。トレイル1は「修養」、トレイル2は「共感」、トレイル3は「想像」のプラクティスをガイドします。

[毎プラ] トレイルマップと配信ガイド (トレイル1)

エンパシームのてびきに今日のエンパレットが届きます。つながり「毎プラトレイル1」には、毎日の配信が届きます。シード(声のことば)の中に、エンパレットをふたつずつ、お届けします。プラクティスのツボとあわせてお楽しみください。トレイル1は「修養」、トレイル2は「共感」、トレイル3は「想像」のプラクティスをガイドします。

てつおさんの日課 One Deed a Day

Do one Deed a day.

てつおさんのエンパシームエピソード。日々のプラクティスが500回続いています。1日、5分のプラクティスは、エンパシーム30つぶが、一日一善。毎朝、声の出し入れが、日毎の糧になります。てつおさんは、飾らず、構えず、何も考えずにできるから、しぜんに続くと言います。そして、じぶんの声で体調の微妙な変化がわかる、と言います。

気づく① 気づくとは何に気づくことなのか?(裸の王様は何に気づいたか)

「気づく」ということばほど、日常、頻繁に出てくることばはありません。「気づく」とは、いったい、何に「気がつく」ことなのでしょうか?童話 『裸の王様』の話をおぼえていますか?「目に見えない服」を着て、街を行進する王様は、こどものひと声によって、じぶんの姿に気づきました。もっと肝心なことには、気がついたのでしょうか?

How can you be aware of what you were not aware of?(気づいていなかったことに気づくとは?)