「折れない・負けない・あきらめない」とは?|レジリエンス ①

折れない、負けない、あきらめない。すべて結果をあらわすことばです。私たちは、その結果を先に掲げ、そこへ向かおうとします。でも、順序は逆です。レジリエンスとは、崩れないことではなく、崩れたところから、ふだんのじぶんへ戻る力です。必要なのは、戻るためのプラクティスです。かんばることばの前に、まず戻ることばを持つことです。

Practice returning.(戻ることをプラクティスする)

Young boy waters a sapling with a metal watering can while an adult man watches in a sunny backyard garden.

他人の結果はまねられない。原因をまねよ。|First Things First ⑦ プラクティスには絶対原則がある

私たちは、結果ばかり見ます。でも、結果は変えられません。変えられるのは、原因だけです。他人のコツを聞いても、その人とあなたでは、持っている前提がちがうので、同じようには働きません。まねられるのは、結果ではなく、原因のほうです。だから、聞いて終わりにせず、じぶんの声にしてみる。それが、原因をまねる、たった一つの方法です。

Remember: First things first.(大切なことを、まず先に。これが絶対原則)

Boy wearing a blue shirt and shorts running down a concrete spiral staircase outdoors among green trees.

上達に迂回路はない|First Things First ⑥ プラクティスには法則がある

飛行機は、翼があるだけでは飛べません。前へ進み、空気の流れをつくって、初めて揚力が生まれます。学びも、同じです。やり方を知っているだけでは、まだ何も起きていません。声に出し、その声を受け取り、また声にする。出したものが入り、入ったものがまた出る。この再帰を、毎日くり返すこと。それだけが、上達を運ぶ、唯一の道なのです。 

Daily recursion is the law of progress.(毎日の再帰が、上達の法則)

鏡の前に立たなければ、じぶんの姿は映らない|First Things First ⑤ 認知には法則がある

鏡の前に立てば姿が映る。そのしくみを知っただけで、「もう分かっている」と思うもの。しかし、いま鏡には何も映っていません。実際に立てば、はじめて姿が脳の中に生まれます。行為の前に、認知は存在しない。まだ見ていない自分を、知っていると思い込む落とし穴。だから、声に出し、演じ、比べてみる。見えたものしか、変えられません。

You can’t see yourself unless you stand in front of the mirror.(鏡の前に立たなければ、じぶんは映らない)

タネをまかずに実はならない|First Things First ③ ものごとには因果がある

タネをまかなければ花や実はなりません。人の成長も同じです。ねがいを声にした瞬間、思うこととつくることはひとつになります。その声をくり返すことが未来へ向かうプラクティスです。でも、タネだけでは実りません。土も、水も、光も、風も、虫も、支えてくれる人もいる。未来は、今日まいたタネと、それを育てるすべてのものから生まれます。

Life is becoming.(人生は、実になろうとする営み).

歩ける前に走れない|First Things First ① ものごとには順序がある

歩ける前に走ることはできません。立つ前に歩けません。何事も順序があります。私たちは母の胎内にいる時から音を聞き、生まれた時には、まだ目も身体も十分には使えなくても、耳はすでに働いています。人生は「耳のことば」から始まります。声を聞き、リズムを身につけ、まねて、じぶんでも言えるようになる。その順序の中で、人は成長します。

You can’t run before you can walk.(歩ける前に走れない).

切に思うとは、ことばを心に抱くこと

世の中、思うように物事はすすみません。障害が次々に現れます。そんな時、道元禅師のことば「切に思ふことは必ずとぐるなり。切に思ふ心深かれば、必ず方便も出でくる様はあるべし。」切に思うとは?心を深めるとは?それは、思いのことばを声にだして、じぶんに響かせること。それを別のことばにむすびつけ、未知のじぶんにつないでいくこと。

Embrace your words.(ことばを心に抱いて)

タネは、プラクティスから生まれる|Seed by Seed ①

英プラ、毎プラ、ともに、エンパシームの中にシード をつくります。シードは、あなたのプラクティスでできる、声ことばのタネ。エンパシームの中にタネがまかれます。ひと息ごとの声を記録します。でも、単なる録音ではありません。静かにすわり、流れに委ねて身体から出すときのじかんが入っています。後で気づきをうる「プラクティスの証」。

Sow a seed.(タネをまけ)

心とは山河大地なり、日月星辰なり

道元禅師『正法眼蔵』のことばから。心は山であり、河であり、大地である。心は太陽であり、月であり、星である。存在しているものすべてが心。元来、ことばはわけへだてをするもの。だから、囚われやすく、すぐわけへだてをしてしまいます。具象的な自然を、みる、きく、ふれることです。想像するという行為を、姿勢に組み込むことが必要です。

You’re not alone.(じぶんだけではない)

いのちをいただいている|もぎたてのトマトから

食べることの意味。それは、いのちのあるものを、いだたく、ということです。ふだん、あたりまえになっている、いちばん大切なことを忘れています。思い出しましょう。 Count you blessings。恵みの数をかぞえよ。その味わいの数を、本当に数え、数え直すことで、実感に形ができます。味わう力が養われるのです。

Count your blessings, again.