シャンパンは、栓を抜くのではない|反対から見てみる⑤ The Other Way Around
ソムリエはシャンパンを開栓する時に音を立てません。左手で栓の部分を握って固定し、右手でボトルの底をゆっくり回します。すると発泡の勢いで栓は自然にスッと抜けます。栓は抜くものという固定観念。ものの見方を変えるヒントは身近なところにたくさんあります。見ているつもりでも実は見えていない、ということを思い出すことです。
Turn the other side.(反対側を回してみよ)
ソムリエはシャンパンを開栓する時に音を立てません。左手で栓の部分を握って固定し、右手でボトルの底をゆっくり回します。すると発泡の勢いで栓は自然にスッと抜けます。栓は抜くものという固定観念。ものの見方を変えるヒントは身近なところにたくさんあります。見ているつもりでも実は見えていない、ということを思い出すことです。
Turn the other side.(反対側を回してみよ)
孔子は60歳の還暦を「耳順」(耳したがう)と言いました。なるほど、素直に人の話を聞き入れられるというのは大変なことなんだな、と。でも、ちょっと変な気もします。聖人が60年の歳月をかけ、ようやく、耳がしたがうようになったというのです。それほどの時間がかかるもの?だれもがふだんから「聞き入れている」のではないでしょうか?
Internalize your speech seeds.(じぶんのことばとして内面化せよ)
私たちは、原因から結果を考えるだけでなく、目の前の結果から原因を推し量っています。表情から気持ちを察するように、日常は「逆問題」に満ちています。しかも、原因だと思っていたものが、じつは結果だったということも少なくありません。「話は反対だったのでは?」と問い、いつもの見方をさかさまにすると、じぶんの思い込みに気づけます。
Try the other way around. (反対向きにやってみよう)
サン・アンドレアス大地溝帯の真上にある森林トレイルの路上に、ひらりと舞い降りた一匹の蝶!地図でじぶんが歩いたトレイルを指でなぞると記憶がよみがえります。英語のtrail は、大地に足跡ができるように、線をつなぐ、という動詞。トレイル空間にいるじぶん。身体内の脳にある「身体運動地図」。そこにじぶんの姿が写っています。
Imagine your trail.(じぶんのトレイルを思い描いて)
草食動物は草だけ食べてなぜあんなに大きくなるの?お腹にセルロースを分解する微生物が住んでいてタンパク質をつくりだすからです。お互い助けあい、共に生きているのです。ふだん私たちは、ものごとをバラバラに見ることに慣れています。じぶんとのつながりで見ると、見え方が変わります。じぶん自身を見る目が変われば世界は変わるのです。
Change the way you look at yourself. Then the world will change.
ものの見方はどうしたら変わりますか?頭で考えはじめないで、橋の向こう側でも、山の上でも、ちがって見える所にいくことです。いいえ、もっと身近にあります。それは、相手の身になって、じぶんを見ることです。相手は人間でなく、花でも虫でも、目の前の果物でも茶碗でもよいのです。そのようにふるまうことで、自然に見え方が変わります。
Just walk, listen and touch. (歩いて、聞いて、触れる)
文字で見ると安心しませんか?文字で読めればわかる。意味さえわかれば簡単。すると、無意識的に音の処理を過小評価してしまいます。「文字を見ないとわからない」ということに、気づかないことが、英語学習の壁になります。じぶんの脳は英語の音でどれだけ処理できるか?気づかぬうちに文字に頼っているのでよくわからないのです。
You don’t know what you can’t do.(できないことに気づいていない)
ストレスは、心身の健康に大きな影響を与えます。精神的なストレスは、心臓や血管に影響を与え、自律神経失調症をきたしたり、命に関わる様々な病気の要因にもなります。それでも「ストレス」をなくせません。ストレスは、私たちの身体の反応、じぶんの一部だからです。心身の状態を和らげる、ゆっくりとし呼吸を身につけることが大切です。
Life is in the breath.(呼吸の中に生きている)
想像とは、見えるものを介して、目に見えないものを見ようとすることです。あたかも見えているようなその気になって、そのフリをしてじぶんと結びつけてみることです。フリをするというと、なにかの演技のように聞こえるかもしれませんが、実は、想像は、絵を描くように、演じていることなのです。その時に使われる道具がメタファーです。
Use your minds’ eye.(心の目で見よう)
教えてもらうことは学ぶための最善の方法のひとつ。でも「教えてもらう=身につくこと」ではありません。いくら教えてもらっても、じぶんでしないとできるようにはなりません。プラクティスしてはじめて、学びがはじまります。身体を使って身につけることです。身体を使うとは、脳の各領域を活性化させることです。身体を使うと心が働くのです。
Lessons are not given, they are taken.(レッスンは与えられるものではなく、学びとるもの)