だれかをはげまして

Cheer someone else up.

だれか他の人を勇気づけると、じぶんが勇気づけられます。

なぜかというと、相手にむかって本当に声に出して言うからです。声ことばを発すると、じぶんの身体の内側にひびき、その声はまわりの空気の振動になって、耳に聞こえてきます。相手に語ることを通して、じぶんもその相手と共に、その声ことばを聞くからです。

マーク・トウェインはこう言いました。
The best way to cheer yourself up is to try to cheer someone else up.

対話が、じぶん。

浜田寿美男さんは、こう説きます。
「ことばとは何か?「語と文法からなるシステム」と言うと、ことばが先にあり、それを使ってやりとりするように聞こえるが、そうではない。他者との対話(ことば以前の対話)から、ことばが生まれてくるのであって、その逆ではない。対話性があるから、そのように、ことばを獲得するのである。他者との関わりこそが本質である。

自分の声を聞くという行為。しゃべる行為そのものは無意識だが、実は、相手が自分の声を聞いていることを確かめている。決して、おまけに自分にも聞こえるのではない。話すという行為は、聞くという行為と一体になっている。

全部ひっくるめて、じぶん。

私は、私と私の環境である。
哲学者オルテガのことばです。私と私の環境は、連続した、不可分のものである。私とは、私ひとりの身体や思考のことではなく、この全体のこと。

ふだん私たちは、自分と周囲は別々のものと思っています。身体は内側、環境は外側というふうに区別しています。でも実は、内と外はつながっています。空気に包まれているから、呼吸をしたり、会話をしたりできるのです。
空気はじぶんの一部。じぶんは空気の一部。

共感でじぶんが育つ

私たちは、二度、この世に生まれる。
一度目は存在するため、二度目は生きるために。

『エミール』の中のルソーのことばです。 孤児のエミールに、ルソー自身が親代わりの家庭教師になって語ります。ルソーは、自分自身を育て、同時に、みんなのために生きる人間が育つ社会について説きました。 二度目の「生きる」とは、「世のため、人のため、じぶんのために生きる」自覚と思いやり」をみずから育てるという意味です。

相互存在のじぶん

ティク・ナット・ハンはこう語ります。

一枚の紙がある。この紙は、紙でない要素といえる、多くの要素の結実であるように、
ひとりの人間は、その個人ではない要素で成り立っている

この紙の中に、雲が浮かんでいる。
雲なしには水がない。水なしには樹は育たない。樹々なしに紙はできない。だから、この紙の中に雲がある。

共感力を活かす

じぶんらしく、精一杯生きる。
そのために、じぶんひとりでできることは何か?

どのように生きなさい、という教え(道徳)や価値基準(教育)に対して、「じぶんが手持ちの力
で生きていくこと」を「倫理」として説いた人がいます。
その名をスピノザと言います。

人間の本質とは、その人の自然な力が発揮されることである。
スピノザは、人間の「じぶんらしい」の本質的な性質を「コナトゥス」と呼び、ひとりひとりの「コナトゥス」を大切にできる自由について説きました。

かけがえのない、このじぶん。

数学者・遠山啓さんと、ある高校生の往復書簡から、原文を抜き書きしてみます。

「一面識もない先生にとつぜんのお手紙をさし上げるのはなんとなく気がひけましたが、思い切って書きました。半年ばかりまえに、先生の講演をきいたことがあります。お話のなかで、先生がテストの点数なんかで人間のねうちをきめるのはまちがいだ、という意味のことを話されたのを覚えています。

ぼくは高校二年生です。ある悩みがあります。ぼくは生まれつきのろまなのです。何をやるにも人一倍の時間がかかります。ぼくはにんじんよりみじめだと思うことがよくあります。高校を出たら、どこか遠い田舎にある窯元をさがしだして、そこで修業したいのです。ご意見をお聞かせください。」

「に」は、表れる。

市川浩さんは、こう言いました。
「相手がにっこりすると思わず私もにっこりします。これは相手がほほ笑んでいるから、こちらもほほ笑みかえさなければ礼儀上悪いと思ってにっこりするわけではありません。
相手のほほ笑みをみると、こっちも思わずほほ笑んでしまう。
他者の身体というのは、表情をもった身体であり、私の身体もまた気づかぬうちに表情や身振りでこれに応えています。
これがいわゆるノン・ヴァーバル・コミュニケーションですが、もしこうした間身体的な場の共有がなければ、言葉のうえでは話が通じても、心が通わないでしょう。(*注)

痛むから、じぶんを学ぶ。

People will remember how you made them feel.

「私は学びました。人は、他人のことばや行動は忘れてしまいます。でも、人のことばやふるまいで、どんな気持ちにさせられたか。それは忘れません。」

I’ve learned that people will forget what you said, what you did, but will never forget how you made them feel.

マヤ・アンジェロウさんのことばです。

日頃、私たちは、このことを、いろんなところで経験していると思います。
その態度が気に入らない。そんな言い方ないよね。他人行儀、舌先三寸、上から目線、不遜な態度。よそよそしい、えらそう、ごますり、などなど。
人に対して、心のないふるまいをじぶんがしてしまう時。無神経な態度を、人に取られる時。どちらもあるでしょう。

じぶんを手入れする路をこしらえる

創意工夫をして、こしらえるのが、愉快。

中学生の頃、井深大さんのこのことばに出あいました。ことばの響きだけで、いい気分になりました。

他人がやらないことに全力を注げ
The One and Only (唯一、無二であれ)

そこにこのことばが重なり、私はソニーに入社しました。いまでも「じぶんひとりでも、だれもしないことをするんだよ。」というふうに聞こえます。