Empathemian, 千歳橋・埼玉県飯能市

私は、私と私の環境である。
哲学者オルテガのことばです。私と私の環境は、連続した、不可分のものである。私とは、私ひとりの身体や思考のことではなく、この全体のこと。

ふだん私たちは、自分と周囲は別々のものと思っています。身体は内側、環境は外側というふうに区別しています。でも実は、内と外はつながっています。空気に包まれているから、呼吸をしたり、会話をしたりできるのです。
空気はじぶんの一部。じぶんは空気の一部。

下條信輔さんは、このように説きます。
環境は、記憶の外部装置。

「脳の機能と環境の相互作用そのものが気がつきにくいが、環境そのものが実は認知システムの一部、外部装置である。記憶はその都度、状況に応じて新たに構成される。記憶とは、周囲の環境、本人の経歴、その他あらゆるものに、もたれかかるかたちでなりたつもの。それを、「なりたたしめるさまざまなもの」が実は記憶の本体である。記憶は脳の内部にだけ集中しているのではなく、広く身体と世界に分散している。そこらじゅうにあまねく散らばって存在しているのだ。」

他者の存在から、意識は生まれる。
他者を含む環境世界と脳の相互作用が、意識と無意識の土壌である。

「意識の基盤は、周辺的・無意識的、身体的・生理的。意識と無意識の境目のあいまいさ自体が、心の実体であり、本質である。」

関わるもの、つながるもの、来歴など、全部ひっくるめて「じぶん」なのですね。これを、ひとことでシンプルにいうと、オルテガのことばになるわけです。

出典:ホセ・オルテガ・イ・ガセット『ドン・キホーテをめぐる省察』、下條信輔『意識とは何だろうか』