窓をひとつあけよう|ジョハリの窓と未知のじぶん
「ジョハリの窓」は、気づきのモデルです。① 自分も他人もよく知っている「じぶん」 ② 自分は知っているが他人は知らない「じぶん」③ 自分は知らないが他人が知っている「じぶん」④ 自分も他人も知らない、未知の「じぶん」。④があることです。これまで気づいていなかったじぶんに気づくこと。未知は、じぶんの中にあります。
Open the window.(窓をあけよう)
「ジョハリの窓」は、気づきのモデルです。① 自分も他人もよく知っている「じぶん」 ② 自分は知っているが他人は知らない「じぶん」③ 自分は知らないが他人が知っている「じぶん」④ 自分も他人も知らない、未知の「じぶん」。④があることです。これまで気づいていなかったじぶんに気づくこと。未知は、じぶんの中にあります。
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ミステリー映画で最も意外な結末は「なんと、犯人は自分だった!」です。驚きの理由は、感情移入して観ている主人公「自分」が犯人の想定から外れているから。ところで、この「自分だけはちがう」という話によく似たことが日常生活にはあります。たとえば、きらいなもの。理由をつくった犯人は?たまに聞いてみるといいですよ、じぶんに。
Isn’t it me?(それ、じぶんかもじゃないかな)
ライプニッツは、宇宙の、これ以上、わけられない最小の単位を「モナド」と呼びました。人間の自分、「私」ではありません。宇宙のあらゆる物事のじぶんです。ミミズでも砂でもモナドのじぶんです。宇宙は共感の結びつきでできています。私たちは、つながりあう宇宙に生まれてくるのです。このじぶんも、つながりあったモナドのひとつです。
I am a piece of the universe. I am the universe.
私たちは「原因→結果」という線の考え方に慣れています。一方、「原因と結果をつつむ場の性質」についてはあまり考えません。岩田慶治さんは、こう言います。「飛ぶ鳥が道を間違わないのは、空中に道があるからである。出発点が到達点だったのだ。このことは人生の生死を考えてみれば、よくわかるだろう。表裏一体、生死はひとつなのである。」
Life is not a one-way street.(人生は一方通行ではない)
人間の本質を表すことばが数多くあります。ホモ・サピエンス(知性をもつ存在)、ホモ・ファーベル(ものをつくる存在)、ホモ・ソシアリス(集まる存在、ホモ・ルーデンス(遊ぶ存在)など。私たちは、ホモ・エンパテマ(共感する存在)でもあります。宇宙の中の、たったひとつのじぶんであり、同時に、すべてのものとつながるじぶんです。
We are practitioners.(プラクティスする人)
ティモシー・ウィルソンさんは、膨大な実験で驚くべき事実を明らかにしました。それは「私たちはじぶん自身のことを直接知ることはできない」ということ。「人間は適応的無意識で行動している。意識はとても小さな部分。高度に洗練された無意識と、意識が協力しあい、世界を解釈している。」私たちはじぶん自身を推測しながら生きているのです。
Your voice is you.
自分が出し続ける声は、食べ物のように取り込まれ、それによって心身がつくられます。「声を出す」という行為は、全身の生命活動を使うこと。呼吸器官をはじめ、共鳴する口腔や骨、鼻や顔の骨格や筋肉などから、足の先に至るまで影響を受けます。それが、声が聴覚と脳と喉頭周りにとどまらずに、身体全部へのフィードバックを起こす仕組みです。
ソクラテスの「汝(じぶん)を知れ」ほど、ほとんど正反対の意味に受け取られていることばはありません。「じぶんを知れ」とは、知ったつもりになることではなく、また「自分には、その知識がない」ということでもありません。じぶんを知るとは「じぶんは知らない」ということに気づき、それを声に出していつも思い出せるようにすることです。
Say you don’t know it.(じぶんが知らないことを、そのまま、知らないと言う)
幸せとは、ゴールではなくて、共に感じる営み、その道筋のことです。カントはこう説きました。「道徳とは、幸せになるための教えではない。幸福にふさわしいふるまいをするための教えである。(1) じぶんで考える (2) 相手の身になって考える (3) このふたつを結い合わすこと。じぶんの行動原理と、世界の原理をあわせること。
Happiness is not the goal.
Thanksgivingとは、Give thanks. ありがとうと声にすること。Thanksはもらうものではなくあげるもの。 声にだして確かめ、贈ることば。みんなが声でわかちあうこと。感謝は、人にだけではありません。いまこうして字を書いてくれる指、ペン、ノートにも。ありがとうと、空気を響かせて伝えてくれる声にも。
I am grateful for what I am and have.