Empathemian 『ガーン!じぶんだったの?』

おもしろいミステリー・サスペンス映画といえば?
何と言っても、予想外の展開、意外な結末ですよね。大どんでん返し、なんて言いますね。その中でも、いちばん意外な結末は、というと?

それは、「なんと、犯人は自分だった!」です。

主人公に共感を抱きながら、誰だろう、なぜだろうと、ドキドキ緊張しながら、すっかり映画の中に浸ったところで、突然、話が急展開します。

犯人を探している本人が、実は犯人だったという事実がわかる。ストーリーの展開や、伏線の演出にはいろいろなパターンがあります。映画では、本人がそのことを知っている場合と知らない場合がありますが、いずれにせよ、驚きの根本的な理由は、そもそも、感情移入して観ている主人公「自分」は、もともと、犯人の想定から外れていることです。

ところで、この「自分だけはちがう」という想定、そして、「実は自分だったのか」という話によく似たことが、ふだんの日常生活には、よくあります。

たとえば、「きらいなもの」。きらいな理由をつくった犯人は、当然、自分ではないと思っていますよね。
そのものが、よくない、気に入らないわけですね。

しかし、よく考えてみると、そのことはこの自分以外には知りません。悪いのは自分じゃない、としても、その事実認識をつくって、ことばにしているのは、この自分以外にはいません。ということは、「きらいな理由」をつくっている犯人は、自分?

そんな「意外な結末」に、まだ出会っていませんか?
たまに聞いてみるといいですよ。こんなふうに。

Maybe it’s me.(もしかして、それ、じぶんかも。)

Right. It was me.(なーんだ、じぶんだったのか。)

「相互存在のじぶん」