そのように声に出して言う。[ソクラテスが本当に言ったことは?]

ソクラテスの「汝(じぶん)を知れ」ほど、ほとんど正反対の意味に受け取られていることばはありません。「じぶんを知れ」とは、知ったつもりになることではなく、また「自分には、その知識がない」ということでもありません。じぶんを知るとは「じぶんは知らない」ということに気づき、それを声に出していつも思い出せるようにすることです。

Say you don’t know it.(じぶんが知らないことを、そのまま、知らないと言う)

インナースピーチ 心の中のことばを抽出する(7)思いをかなえるしくみ

思いがあるとことばは自然に出てきます。思いは放っておくと消えてしまいます。思いをインナースピーチ化することで心が行動に現れます。インナースピーチは、思いをつくり、心を育ててくれる、あなたのいちばん身近な友。エンパシームはシードを使ってインナースピーチを抽出し「思いをかなえる」共感的なしくみを創造するテクノロジーです。

Grow and share your seeds.(ことばのタネを育ててわかちあおう)

人生は2秒単位でできている② (発話の単位)

人生を線路と線路の枕木になぞらえてみます。左のレールは、心の働き。メンタルプロセスがつながっている様子。右のレールは、身体の動き。フィジカルプロセスがつながっている様子。無意識と意識の間を結ぶ代表が、発話です。両者をつなぐのはひとつひとつのセリフ。 ことばは、ひと息ぶんの発話で完結した行為になります。それは2秒の時間。

Your world is in every breath.(ひと呼吸ごとに世界がある)

(これから)じぶんになる

Be yourself.(じぶんになろう)

Be yourself. このことばは「じぶんらしくあれ」とか「じぶんに正直に」といった意味で使われますが、むしろ、「じぶんになれ」です。「じぶんらしく、飾らないでいい、構える必要はない」と言われても、意識的になるほどわからなくなる。そもそもじぶんのことはよくわからないのですから、これから、じぶんになればいいのです。

空を見上げるだけで(英プラから)

「英プラ」トレイル3、ストーリー「Look at the sky』より。大昔の人たちは、空に線を引いて「星座」を創造しました。星の光を見ることは、過去の姿をみること。空を見上げるだけで世界はひろがります。毎日、空を見上げるだけでよいのです。

All you need is love 誤解を解く(2)

You become what you do every day.(毎日する行為が、じぶん)

「なすことは、なされる。」することと、されることは、おなじこと。それなら「やれば、できる」と言えばすむのでは?いいえ。そう言ってしまうと、肝心なことを誤解するおそれがあります。「やらないうちに、やったことになってしまうこと」も含まれてしまうからです。じぶんでやってみて、やったことがあらわれる。それが肝心なこと。

かぞえるように生きると確実に変わる

Count your blessings(受けた恩恵の数を数えよ)は、具体的なプラクティスになります。素直に、ものごとを数えるように生きてみると、確実にものの見方が変わります。ひとつひとつ、大切なことばを声に出して、数えられるようにすると実感が湧いてきます。数えるとはふるまうこと、確かめること。生きる実感をつくること。

There’s a difference between knowing the path and walking the path.

身をもってつくる、じぶんの鏡

エンパシームは、プラクティスの鏡。じぶん自身とのコミュニケーション体験を捉え、姿勢の鏡に映し出す「じぶん情報」です。姿勢の鏡とは、身をもって、じぶんの後ろ姿を写すこと。エンパシームは、じぶんが親身になって関わる他者によりそい、わかちあう場をつくります。人の痛みをわかる、共感の心、ありのままを受け入れる姿が写っています。

Do it with passion.(心をこめて)

あとから共感素になる

音素(Phoneme)は、組み合わて言語を構成する単位。エンパシーム(Empatheme)も、これにならい、共感 (Empathy) という現象の最小単位になるという意味です。それがなぜ「共感の素」なのか?共感という現象は、自然にわき起こる気持ち、無意識的なものです。相手に共感しているじぶん自身に後から気づくものです。

ルーティンのサイエンスとアート ③ 想像するプラクティスのルーティン

何でもルーティンにすることは現実的に不可能です。想像の力でルーティンを補う必要があります。どんな学びにも共通することは、いま、ここで起きていないことを想像することです。相手の身になって感じるような、共感的な想像力を発揮させることが、いわば、修養の共通ルーティンになります。想像のプラクティスをルーティン化することです。

Imginative experiences seed your senses.(想像の体験がセンスを磨く)