じぶんの声ことばが、気づきをもたらす [未来をつくる力]
エンパシームは、音声研究の先駆者、梅田規子さんの遺志を継いでいます。エンパシームは「声ことば」をいれたタイムカプセル。色粒の種(Seed)に見立てた「声ことば」が、じぶんのふるまいで育ちます。Seedは、みずからのことばを聞いてふりかえり、じぶん自身に「気づき」をもたらしてくれる、細やかな震えや響きをもった大切な友です。
I am the seeds.(シードでできているじぶん)
エンパシームは、音声研究の先駆者、梅田規子さんの遺志を継いでいます。エンパシームは「声ことば」をいれたタイムカプセル。色粒の種(Seed)に見立てた「声ことば」が、じぶんのふるまいで育ちます。Seedは、みずからのことばを聞いてふりかえり、じぶん自身に「気づき」をもたらしてくれる、細やかな震えや響きをもった大切な友です。
I am the seeds.(シードでできているじぶん)
メッセージを包む余白部分が、心のつながりをつくる力です。相手とのやりとりが固定され、余白が切り落されたままになると? 行き場がない、追いつめられる、煮つまる、ことばひとつに腹が立つ、といった心の問題が起きます。ネットが日常の大きな比重を占める生活の現場でこそ、本当によりそいあえるコミュニケーションを実現するには?
Walk alongside.(寄りそって)
25歳の時、父が他界した。成人してから5年間あまり、半身不随・構音障害で病に伏していた父の看病の日々だった。父の手を取り「ひらがな文字盤」で会話した。父はひらがなで「ひとのため ていねいにいきよ」と言った。あの体験がいまのじぶんに直結している。素手のありがたさ、素声のありがたさよ。いのちのありがたさが希望に変わる。
Stay humble, be giving.(謙虚な心、感謝の心)
本川達雄さんはこう言います。「動物のサイズが違うとふるまいの速さも寿命の長さも違う。動物ごとに時間の流れがちがう。時間は身体のサイズと関係がある。」じつは人間にも「時間と空間のサイズ」があります。それは「ひと息の呼吸と、手に届く、身のまわりの空間です。無意識におこなっている「呼吸」は、いちばん自然な「時間」なのです。
粒はひとつひとつ別々だけれども、全体(仲間のタネといっしょ)でタネ。素粒子物理学も、仏教哲学も「粒の存在はひとつひとつでありながら、全体でひとつ」ということを唱えます。ものごとを、わけへだてて、因果関係だけで考えてしまうのが、私たちのものの見方。それを毎日の生活の中で気づかせてくれるのが、ことばのタネ、シードです。
We are one.(みんなで、ひとつ)
We are made by nature.(人間もテクノロジーも自然発)
「AIは脅威ですか?」マプア大学工学部でオンライン講演の際、ひとりの学生からの質問。AIは、人間の生み出す複合的なテクノロジー。怖いと感じるのは人間の心。AIの中核はコンピュータによる最適化計算。複雑な物事を捉えようとする人間の営みであること。人間がつくりだしているものに、じぶんがどのように向きあうか。そのための姿勢。
髪の毛は身体の一部。でも、自分ではまったくコントロールできません。これから髪を伸ばすぞ、などと言ったりもしますが、それは自然に育つのを待つだけです。植物とおなじですね。できることは、手入れをするだけです。見守って、ケアする、相手として。いつも、いっしょにいて、頭を守ってくれる。私にスタイルをつけてくれる友です。
You are not alone.(ひとりじゃない)
継続は力なりと言います。続けることはどんな力になるのでしょうか?それは、チャンスの数を増やし可能性を広げる力です。数も時間も、人間の心の働きが生み出すもの。1、2、3と数える行為の中に可能性の数が宿ります。エンパシームは、チャンスをカウントする数の単位です。それは、じぶんのじかんをつくり、自覚を促す強力な味方です。
Count your “keep trying.”
Time doesn’t fly.
現代物理学によれば、現在という特別な瞬間は存在しません。時間の流れは、物理的な存在ではなく心の中で流れるもの。時間は情報を再構成する脳の働き。意識がつくりだす感覚です。左から右に矢印で示した直線の時間だけでなく、もっと自由に、じぶんの時間を上手に捉えてみましょう。その基本は、身体的な感覚にもとづいた、呼吸の時間です。
5才の夏休み、テープレコーダとの出会い。箱の中は茶の間より、ずっと広く感じました。音がヒモに写って、もう一度出てくる時、さっきよりよくなっていました。これがエンパシーム原体験。50年たって、声のことばに色や模様がつき、じぶんの「じかん」をつぶのようにして、並べたり、分かちあったりする、本物のエンパシームが完成しました。
Life is wondrous.(生きていることは、不思議)