自己をならふというは自己をわするるなり③ [忘れるとは、相手の存在をイメージする共感的な想像力]

人間の脳にはマイナスという概念がありません。忘れる、消し去る、といった、キャンセルボタンや、削除キーのような機能はないのです。でも、忘れるというスイッチのかわりに、忘れるという状態にみちびくことはできます。大切なことを学ぶということは「じぶんを忘れている」ふるまいや行為によるものです。忘れていたことに気づくことです。

Unlearn to learn your “self”(じぶんを忘れるを身につけてこそ、学べる)

自己をならふというは自己をわするるなり②[脱落する身心を確かめること]

道元禅師はものごとを逆転させるイマジネーションを明快な論理に集約させます。身心脱落とはなりきってじぶんを忘れること。周りの世界の中に自己投出。 脱落身心とは、そのじぶんをふりかえって自覚すること。身心脱落と表裏一体の、脱落身心。身心脱落するじぶん自身を確かめる自覚(証)によって行為(修)になるのです。だから、修証一如。

Learn to unlearn your “self”(じぶんを忘れる、を身につける)

ケアする世界をケアする

佐伯胖さんは「共感は、自分自身を空っぽにして、そっくりまるごと、相手の中にはいってしまうこと」だと言います。「相手が見ているモノ・コトを、相手の視点から見て、思わず、自分もそのようにふるまいそうになること。保育も「こどもをケアする」といった「上から目線」ではなく、相互的な関わりで、こどもがケアする世界をケアすること。」

Caring with compassion.

無意識の力を活かす方法

エンパシームメソッドは、人間に備わった「適応的無意識」のふるまいを起こし、自然な流れで記録し、ふりかえる方法です。自然な身体行為の中にあらわれる、意識で捉えられそうで捉えられない、意識と無意識のあいだの「縁」を捉え、それをとりだして利用できるようにしたデータ「エンパシーム」。じぶんのため、みんなのため、広く活用できます。

Collect your liminal pieces.(無意識のふちをあつめよう)

修養と共感のイノベーション (2) エンパシームでひらく路

ネット社会は、気づかぬうちに、何でも操作して「正しい答え」が入手できるかの ような錯覚を持ってしまうほどの、大きな影響をも たらしています。テクノロジー に依存しすぎるのでもなく、また、敬遠するのでも なく、日常生活の中で、じぶんをふりかえり、 他者と共感しあえる力を育むことが求められいます。

じぶんの身体サイズで学ぼう

Right size matters.(適切なサイズが大切)手のひらのサイズ、ひと口のサイズ、じぶんサイズというように、学ぶ時にも身体サイズがあります。自然なふるまいによる量やスピードが、身につけるためには重要です。エンパシームは呼吸の単位でできています。プラクティスを身につけるのにふさわしい身体サイズにするためです。

共感という「ふしぎの力」

恩師が亡くなって1年になる。京子さんは病床の先生がつけていた日記の話をしてくれた。「お通夜の晩ね、棺に入れずにとっておくことにしたの。大切な宝だもの。ふたりで食べるとおいしいね。いつもありがとう。ひとりにしてごめんね。こんなこと書いていてくれたのね。私、一日一日を大切に生きたい。じぶんを励ましてくれることばを胸に。」

Embrace the day.

そのものになっちゃうこと

ヨガ・インストラクタのマユさんはこう言います。「なりきるという思いがいちばん大切。そのものになってしまうかのように演じると、本当にそうなってくる。TEDでエイミー・カディさんも言っていました。Fake it till you become it.(そのものになっちゃうまでやろう)。学びって、その思いと姿勢ですよね。」

Fake it till you become it.

じぶんを手入れする路をこしらえる

「こしらえる」とは、たくさんの素材から、意外な組み合わせを探して、ねばり強く、試しながら準備することです。日常の中には「じぶんしかできない」大切なことがあります。それは、じぶん自身の手入れです。そこには「なりたいじぶんになる路」をこしらえるたのしみがあります。1日の1%のじかんをつなげていくだけで、できるのです。

1回ずつの6000回 [発想を入れ替えれば必ず続きます]

庭師の大野さんは言います。「今日で5,670回。毎日登っています。山頂から街が一望できます。毎日数が増えるから楽しい。おかげさまで、手足が動いてくれるから。続ける秘訣?登る以外、あまり考えないです。続くコツとか続かない理由とか、話をね、大げさにしないでね。やる気よりも、平気です。続いてから、ふりかえればいいんです。 」

One step at a time.(ひとつずつ)