Empathemian, サンタ・マリア・ディ・ヴェツォラーノ修道院。イタリア・ピエモンテ州。

アルプスの山麓、イタリアのピエモンテ州。

幾重にも重なりあう葡萄畑の丘陵の合間を縫って車を走らせ、ようやくたどり着いた。

煙雨にひっそりと佇む、ロマネスクの修道院。周りに人家はなく、人影も見えない。ゆるやかな谷の傾斜に立つ修道院は全身がレンガ色で、雨にしっとり濡れた屋根の所々が光ってまだら模様に見える。すぐむこうの森は霧に包まれて、その先は何も見えない。

何という静寂だろう。

堅牢な石の空間に足を踏み入れると、ひんやりした淡い光が差し込んでいる。教会の仄暗い内部空間から回廊に出ると、床に投射されてできた光と影の列が目に入る。整然と並んだ柱と柱の間を通りぬける太陽光線は自由自在だ。ある光は床に反射して天井全体にやわらかく分散する。ある光は石の隅に溜まる。ある光は、中庭の中心にある噴水に反射して揺らめく。

いちばん心を惹かれるのは、回廊の柱頭彫刻だ。空間の立体絵巻さながらのストーリーの中に 迫真の描写場面が散りばめられている。蔓草文様に囲まれた聖人たちの姿、唐草に絡まったライオン の戯れ。どの表情もみな、素朴で生き生きしている。

顔ぶれも 多彩だ。縄文の土偶を連想させるような澄ました顔もあれば、アンデスの土器で見たような柔和な顔もある。満面の笑みに円らな瞳は、ドラえもん漫画の少年たちを彷彿させる。どれもみな、大きな顔に凝縮された生命感に満ち溢れた表情はやさしく、おかしく、とてもかわいい。

隠れた場所へ到着した時の安堵感。徹底した簡素の美。刻々と変化する光の不思議。芸術表現の愉快さ。深閑の中に身を浸しているうちに、体がだんだん空っぽになってくる。

静寂は、開放感。

静穏は、エネルギー。

出典:坂口立考『海の宮2号・ロマネスクの効用』