詩はじぶんを知るきっかけ

渡邊十絲子さんは言います。「詩は、わたしがまだ知っていない「わたしの感じ方」をつくるきっかけである。」じぶんの身体を使って、じぶん自身にむけて、ことばを声でアウトプットすることによって、はじめて気づくことがあります。いえ、そのようにしないと、じぶんでは気づいていない、「気づくべき何か」が湧き上がってこないのです。

You can only realize something when you say it.

失うことはまなぶこと

なにひとつ、不用なものなどない。ふだん、Given「与えらたもの」として、考えることから、切り捨てているだけのことなのだ。あたりまえになっているから気がつかない。すべての痛みも、まなびである。痛みのおかげで、身心はひとつであること思い出せる。道具も環境もふくめて、ひとつのじぶん。そのじぶんにも共感することが大切である。

Pain helps me learn.

点を結ぶ線になれ

Connecting the dots. このことばは、単に「点と点をつなげ」という意味ではありません。まずじぶんが歩いて、線ができれば後から点がつながる。失敗の体験も点になります。それらの点がなければ、後からつながりようもありません。点と点をつなげるものは、信じる心。じぶんが「線」になって、点と点を結んでいくのです。

Love what you do.

共感を生きる

共感は誰かのために時間を使い、相手の気持ちを感じることです。また、感じたことを表現すること、じぶんを語ることでもあります。共感は、人から共感される経験によって身につくもの。相手は人間だけではありません。動物、植物、自然の不思議。自然への共感とは、自然から共感される体験です。自分と相手との境界がなにかしら曖昧になる体験。

Memento Mori, Live empathy.

安らかに生きるプラクティス[仏教ではなく、仏法]

仏教は、仏の教えと書きますが、これは明治につくられた言い方で、それまでは仏法でした。人間にとって最も切実なテーマは「生老病死」という「解決はできない」問題です。が、解決できずとも、安らかに生きることで「克服」できます。この宇宙のあらゆる存在に共感して、安らかに生きるプラクティス。そちらへみちびいてくれる智慧が仏法です。

Relax. Let it go.

身をもってつくる、じぶん情報

エンパシームは、姿勢の鏡。じぶん自身とのコミュニケーションを映し出す「じぶん情報」です。「姿勢の鏡」とは、身をもって、じぶんの後ろ姿を写すこと。エンパシームは、じぶんが親身になって関わる他者とわかちあう場をつくります。人の痛みをわかる、受け身の心、共感の心、ありのままを受け入れる姿が写る、オリジナルのじぶん情報です。

Do it with passion.(心をこめて)

エンパシームをみちびくパレット

パレットとは、運ぶもの、のせるもの。エンパレットは、古今東西の知恵、先人のことば、いまを生きる経験者のエピソードをのせたパレットです。じぶんと結びつけてみるだけで、これまで気づいていなかった、意外なことに巡りあえます。手のひらサイズにあわせた、エンパシームへみちびくガイド。習慣を身につけるプラクティスの「伴走者」です。

Practice Empallet daily.

伝わるのは、思いやりの心。

スキンケア、ヘルスケア、デイケアなど、ケアということばは日本語にも定着しています。世話をする、面倒をみる、という意味あいで使われますが、Careは本来、痛みや悲しみを共にするということばでした。ケアはものの名前ではなく「おもいやる」という心の働きを表すことばです。伝わるのは、知識や情報ではなく、おもいやる気持ちです。

No one cares how much you know until they know how much you care.

共に歩む事業の中で

ルイス・セプルベダ『カモメに飛ぶことを教えた猫』は、猫とカモメ母子とのジョイントベンチャーです。ビジネスでは企業同士の合弁事業を指しますが、ちがうものが互いに力をあわせ、助けあう冒険です。そこには、異なる背景を持った人たちが集まり、違う考えをぶつからせながら、共に感じ、共に歩むことで、共に学んでいく尊さがあります。

The whole is greater than the sum of its parts.

共感は学びの源 [パテマータ、マテマータ]

ギリシャの格言「タ・パテマータ、マテマータ」は「人は痛みによって学ぶ」という意味です。パテマータは、身に受ける痛みの体験。パトス、パッションと同じ語源で、受け身の心。マテマータは学ぶこと。「数学」と翻訳されたマテマティクス の語源と同じで、想像、推論の働き。物事をじぶんを結びつける力の原点は、他者の痛みに共感すること。

Guide your learning through pain.(痛みこそ、学びのガイド)