Empathemian, Steven’s Creek Lookout Trail, California

木の葉を 日の光に 透かしてごらんなさい。

一枚一枚に 大宇宙の詩が 書きしるしてあります。

それをどうか読みとってください。

坂村真民

渡邊十絲子(としこ)さんは言います。
「詩とは、あらすじを言うことのできないもの。詩とは、伝達のためのことばではない。

詩は、たとえば、雨上がりの路面にできた水たまり。路面の水たまりを踏まないようにということを、わたしはあまり意識しないで歩く。水たまりは、はかないもので、短ければ数時間で消えてなくなる。道路のアスファルトの表面にある微妙なへこみのかたちを、水たまりはおしえてくれる。

詩を読んでいてうれしいことのひとつは、その詩を読むことではじめて知ったような感情や知覚の微妙なありようを、あとになって実際に体験しなおすことがある、ということ。

詩は、わたしがまだ知っていない「わたしの感じ方」をつくるきっかけ。

書いた本人も自分がそんなことを書くなんて思いもよらなかったことが書かれることもあるし、書いた本人だからといってその一篇の詩を完全に読みとけるわけでもない。

詩を書くとき、人は謙虚になる。

自分が自分の表現をすべて把握し、コントロールするということができないから。いま人間にできることは、謙虚になるきっかけとしての詩に接することだ。理解しようとしてどうしても理解しきれない余白、説明しようとしてどうしても説明しきれない余白の存在を認めること。」

出典:坂村真民『自分の道をまっすぐゆこう』、渡邊十絲子『今を生きるための現代詩』