水滴のじぶん

私の体、私の心、私の命。
私の健康、私の幸福、私の人生。。

こうして並べてみると、なんだか、みんな自分の「持ちもの」のように聞こえます。そういう言い方に慣れているから、忘れているのかもしれません。

本当は、じぶんという「身心」は自然の一部であるということを。

腸のじぶんに、共感。

人間の体を構成する細胞は60兆個。ところが、微生物は腸内だけで100兆個。腸内はサンゴ礁のような生態系。ちょっと驚きですが、本当の話。

細胞は自分の身内、細菌は他人?それとも、「他人のほうが多いわが家」の方が自分?なんだか、不思議ですね。

この内なる生態系をマイクロバイオータと呼ぶそうです。身体全体で1000兆ぐらい微生物が住んでいるらしい。なるほど、そうだとすると、その「環境」を表すことばが必要だった、というのはわかる気がします。

アランナ・コリンさんは言います。

I’m like a tube. (じぶんは、チューブのようなもの)

身につける ③ 見えないルール

Skin in the gameは、じぶんの身で感じること、親身になることです。

ナシム・タレブさんさんは、こう言います。

人間関係に大切なルールがふたつある。

① ゴールデンルール:じぶんがしてほしいと思うことを、人にもする

② シルバールール:じぶんが人にされたくないと思うことは、人にもしない

① を聞くと、なるほどと思いますが、落とし穴もあります。

積極的にオススメして、相手に通じればよいのですが、いつもそうだとは限らないからです。

「ダメ・ちゃんと・はやく」の代わりに言おう

こどもに向かって言ってはいけない「禁句」の代表。

・ダメでしょ。

・ちゃんとしなさい。

・早くやりなさい。

・なんでできないの?

心のどこかで、じぶん自身に言っていませんか?

ことばは強力な「フレーミング」になります。
フレーミング (framing) とは、フレームをつくること。
絵の額ぶち、めがねのフレームなど、枠をつくり固定するもの。
ものごとの見方や捉え方を決めることを言います。
常識、先入観、固定観念なども、あるフレームによるものです。

私たちは、気づかぬうちに、じぶん自身で使うことばで、世界をフレームしています。
そのいちばん大きな役割を果たすのが、ふだんよく使っていることばです。
声に出さなくても、心の中にあるセリフがフレームをつくっています。

Less is more (8) 勇気を生むには?

Do not be afraid of making mistakes, for there is no other way of learning how to live.(失敗をおそれることはない。生きることを学ぶ方法は他にないのだから)

アルフレッド・アドラーのことばです。
とても、勇気づけられます。
でも、だれだって、失敗をしないように、努力するもの。
だから、失敗しないようにすることも、失敗なのかな?という気もして、どこか心もとないですね。

mistakeを恐れることは mistakeですか?
いえ、そもそも、「恐れるか、恐れないか」のふたつだけで考える必要はないのです。

それから、ものごとにはプロセスがあります。
突然、恐れる、恐れないというのではなく、流れがありますね。

恐れてはいけない、と思わずに、そんな気持ちが湧き上がったら、それを減らしてあげればよいのです。

私たちはみな、限定的なじぶん。

私たちはみな、じぶんの手持ちの力で暮らしています。
個人も、社会もみな、持てる力を活かして生きています。
持てる力とは、とても限定的なものです。
周囲の状況がかわると、発揮できる力も限定をうけます。

リチャード・セイラーさんは、こう言います。

「人間は、いつも合理的な選択をするわけではない。合理性も、自制心も、利己心も、みな限られている。状況、環境によって、いつもの自分とは、ふるまいが変化する。人間には、共通のクセがある。」

Give Thanks

今日は、Thanksgivingのお祝いです。

感謝際、って何をする日?

Give thanks.(ありがとう、と声にしよう)

感謝の心をもちましょう、と言いますね。

感謝の心は「持つ」もの?
Thanksはもらうもの?

いいえ、Thanksは、あげるものです。

どうやって、人にあげるの?

声にだして言うことです。

心の溝を克服するために (3)

よい習慣づくりは、むずかしくなっている

よい習慣づくりについて、いい教えはいくらでもあります。
ところが、実現は容易ではありません。

「○○の習慣をつくる」といった自己啓発本は数え切れません。
「答え」を探そうとして、情報はいくらでも手にはいりますが、「実際にやって、ふりかえる」現場がとても少ないのです。

途切れることのない、情報入力過剰の毎日。
静穏のひと時すら、ままなりません。
でも、いまや社会の一部であるネットやスマホを捨てて逃げ出すこともできません。

心の溝を克服するために (2)

見えないみぞ

心の中には、こんなギャップがあります。

* 本来、できるはずのことと、 実際にはできないこと
* 本来、すべきことと、実際にはやらないこと
* いつかやろうと思っていることと、いつになってもやらないこと

こんなじぶんはいませんか?

* やりはじめても、つづかなくなるじぶん
* ありがたいことなのに、あたりまえになり、なれきっているじぶん。
* 気づき、想像、発見 がおきにくい、じぶん。

心の溝を克服するために (1)

人間とテクノロジーのみぞ

ますます高度化・複雑化するテクノロジーと人間の生来の能力はギャップは大きくなっています。

テクノロジーが生活を便利にしてくれる恩恵。
人間ができないことをテクノロジーがやってくれ、人間の生活が豊かになるのなら、それでよいではないか。
そんな暗黙の前提で進んでいる現代社会。

どこに問題があるのでしょうか?

それは、人間の本来の力が社会に活かされにくくなっていることです。
そのこと自体が気づきにくく、わたしたちが無自覚にいることが切実な問題です。