Empathemian 『I am the missing piece.』

I was the missing piece.(じぶんのほうがミッシングピース、だった)

『The Missing Piece』の主人公「ぼく」は、自分に欠けた部分「ミッシング・ピース」を探しに旅に出ます。

野山を越え、海を越えます。花に出会い、カブト虫に出会い、いろいろなピースに出会います。でも、ぴったりの相手はいません。

ようやく、出会えました!

これで、完全になれる。そう思ったはずでした。
ところが、ミッシング・ピースを探していた時のような楽しみは、なくなってしまいます。

足りないものを探している時の方が、幸せだったのです。
ぼくは、また欠けたじぶんにもどります。

じぶんのミッシング・ピースを探すストーリー。

そのさかさまの絵を描いてみると?

小さいピースが、じぶん。
いえ、そのまわりもふくめて、じぶんです。

私たちは、じぶんの中に何か欠けたものがあると考えます。でも本当は「じぶんに」何かが欠けているのではなくて、じぶんの存在する世界を忘れているのです。

じぶんの外側に、他者とふれあえる世界があります。じぶんとは、他者と共感の系でつながった、宇宙の一部です。

じぶんのミッシング・ピースを探さなくてもよい。もう、すでに、満ちた「じぶん」が外側にあります。

欠けているのは、じぶんの方。じぶんが、じぶんを包む世界のミッシング・ピース。

I am the missing piece.(欠けているのは、じぶんの方


私たちは、じぶんにぴったり合うものを探しそうとします。

じぶんを満たしてくれるもの。
じぶんをわかってくれる人。
じぶんに都合のよい場所。

でも、ほんとうに欠けているのは、そこではありません。

じぶんが、相手のために立つこと。
じぶんが、世界の中で役目を果たすこと。
じぶんが、誰かの欠けたところに、そっと入っていくこと。

ミッシング・ピースとは、埋めてもらうものではなく、じぶんが、はまりに行く場所のことだったのです。

そのことに気づくと、世界がちがって見えてきます。

つい、忘れてしまいがち。
大丈夫。ひと言、声に出していってみれば、思い出せます。

じぶんが、じぶんを包む世界のミッシング・ピース。

I am the missing piece of the world that holds me.(欠けているのは、じぶんの方

作(文・挿絵・声にすることば):坂口立考
出典・参照:シェル・シルヴァスタイン『The Missing Piece』(ぼくを探して)、英語耳°トレイル®1 (5)、以下のエンパレットなど

「What’s missing?」

「The Missing Piece Animation」(YouTube)