それ、じぶんかも?
ミステリー映画で最も意外な結末は「なんと、犯人は自分だった!」です。驚きの理由は、感情移入して観ている主人公「自分」が犯人の想定から外れているから。ところで、この「自分だけはちがう」という話によく似たことが日常生活にはあります。たとえば、きらいなもの。理由をつくった犯人は?たまに聞いてみるといいですよ、じぶんに。
Isn’t it me?(それ、じぶんかもじゃないかな)

みちびく –
静かに、心を落ち着ける
ちかづく –
手本に、近づける
ゆだねる –
ゆだねて、声をカタチに
くりかえす –
じぶんの声を聞く
とりだす –
ふりかえって書く
きいてみる –
じぶんにたずねる
よりそう –
人のことばによりそう
共感はじぶんの心の証。共感は共に生きること。相手とおなじふるまいをすること。共感は同感ではない。共感は同情ではない。共感は自分の気分や考えを投影して相手を「理解する」ことではない。共感は、じぶんの内なる体験にふれ、心の存在であることを実感することから。相手の心によりそおうとするふるまいが、じぶんの心の証。共感は心の鏡。
Empathy mirrors self. (共感がじぶんをうつす)
数学に「虚数」という概念があります。英語では、イマジナリー(想像の)ナンバーと呼びます。
Nothing is real without imagination.(想像のない現実はない)
存在しない数?いいえ。想像の中にあります。そもそも、数はみなイマジナリーです。想像が現実をつくります。目に見えない小さな世界。量子力学の世界を捉え、表現するために必要です。私たちはその世界にいます。見えないけれどあるのです。
