あとから共感素になる
音素(Phoneme)は、組み合わて言語を構成する単位。エンパシーム(Empatheme)も、これにならい、共感 (Empathy) という現象の最小単位になるという意味です。それがなぜ「共感の素」なのか?共感という現象は、自然にわき起こる気持ち、無意識的なものです。相手に共感しているじぶん自身に後から気づくものです。

みちびく –
静かに、心を落ち着ける
ちかづく –
手本に、近づける
ゆだねる –
ゆだねて、声をカタチに
くりかえす –
じぶんの声を聞く
とりだす –
ふりかえって書く
きいてみる –
じぶんにたずねる
よりそう –
人のことばによりそう
音素(Phoneme)は、組み合わて言語を構成する単位。エンパシーム(Empatheme)も、これにならい、共感 (Empathy) という現象の最小単位になるという意味です。それがなぜ「共感の素」なのか?共感という現象は、自然にわき起こる気持ち、無意識的なものです。相手に共感しているじぶん自身に後から気づくものです。
「皿の上の果物を足すと、全部で何個ですか?」考えてみると不思議です。なぜ、ちがうものを足すことができるのか?私たちは、視覚、触覚、味覚で、違いを知っています。その一方で、そういう小さいことは、いったん忘れて、つぶのような「もの」として、抽象化する能力も備わっています。「小さいことは忘れて」答えよ、と言っているわけです。
Count anything.(なんでも数えてみよ)
食べることの意味。それは、いのちのあるものを、いだたく、ということです。ふだん、あたりまえになっている、いちばん大切なことを忘れています。思い出しましょう。 Count you blessings。恵みの数をかぞえよ。その味わいの数を、本当に数え、数え直すことで、実感に形ができます。味わう力が養われるのです。
Count your blessings, again.
