[いま] 瞬間の単位でプラクティス
なぜ、人生の最後になって、[いま] を生きる、というのだろう?それは「いま」の実感をかぞえられないから。実感するために使える道具がないから。これまで、[いま] を実感するための、ちょうどよい単位も、使える道具もありませんでした。ふだんの呼吸の時間で実感の数を数えられるように。それをできるようにするのがエンパシームです。
Why now?(なぜ、いま?)

みちびく –
静かに、心を落ち着ける
ちかづく –
手本に、近づける
ゆだねる –
ゆだねて、声をカタチに
くりかえす –
じぶんの声を聞く
とりだす –
ふりかえって書く
きいてみる –
じぶんにたずねる
よりそう –
人のことばによりそう
なぜ、人生の最後になって、[いま] を生きる、というのだろう?それは「いま」の実感をかぞえられないから。実感するために使える道具がないから。これまで、[いま] を実感するための、ちょうどよい単位も、使える道具もありませんでした。ふだんの呼吸の時間で実感の数を数えられるように。それをできるようにするのがエンパシームです。
Why now?(なぜ、いま?)
We are life.
ひとつのいのちは、広大な宇宙の中の、小さな世界。 いのちといのちのあいだに、じかんはある。じかんは、わたしたちがつくるもの。固有のじかんが、いまも生きている。エンパシームの中に、としこさんの声がのこっているエピソードです。
精神とは、人間の頭の中にあるのではありません。人間の心(mind)は、人間の外側にある自然界が映し出されています。人間だけが精神的に生きているのではなく、すべての生き物がじぶんの物語をつくって生きています。精神とは、物事の関係、相互作用の連続、結びあわせるパターンのことです。じぶん中心を忘れると見える世界が変わります。
You can always see things differently.
