共業(ぐうごう)[すべてのいのちは共に生きている]
共業(ぐうごう)ということばがあります。業は行為です。地球上のすべてが存在するという行為をおこなっている。世界はお互いが関係しあい、成り立っています。私たちはじぶんがいて、それが生きていると考えますね。でも実は、環境とやりとりして生きているという現象があるから、いのちなのです。いのちは「共に生きている」ということです。
We all live together.(みな、共に生きている)

みちびく –
静かに、心を落ち着ける
ちかづく –
手本に、近づける
ゆだねる –
ゆだねて、声をカタチに
くりかえす –
じぶんの声を聞く
とりだす –
ふりかえって書く
きいてみる –
じぶんにたずねる
よりそう –
人のことばによりそう
共業(ぐうごう)ということばがあります。業は行為です。地球上のすべてが存在するという行為をおこなっている。世界はお互いが関係しあい、成り立っています。私たちはじぶんがいて、それが生きていると考えますね。でも実は、環境とやりとりして生きているという現象があるから、いのちなのです。いのちは「共に生きている」ということです。
We all live together.(みな、共に生きている)
インナースピーチは読む・書く・話す・聞くという言語機能の要です。文字を読んで覚える時でも、脳のワーキングメモリが2秒ほどで音の連なりに変えて処理します。ことばの習得は声のセリフの内語化です。英語の習得はその典型的な体験です。なぜなら、心の中に英語のセリフはまだなく、白紙状態から内語を身につけていくプロセスだからです。
Externalize inner speeches to internalize them.(内語を外に出して身につける)
“have to”は、”must” (ねばならない)とおなじ意味のイディオム(決まり文句)である、しかも、ハフ・トゥーと読む。こんなふうに教えられませんでしたか?でも、不思議ですよね?have という動詞は、何かを持っている、という意味です。なぜ、have (持つ)+ to (〜へ)が「ねばならない」になるのか?
