小さな修養の原理① (95%は無意識のふるまい)

プラクティスとは、意識した「練習」だけではありません。それは全体のごく一部。気づかずにくりかえされている、じぶんの心身の動きです。プラクティスの95%は、無意識的。たとえば、ほんの数秒が待てず、いらいらすること、ありませんか?それは「いらいら感じる」プラクティスをしているのです。そう捉え直すことで見え方が変わります。

You are practicing judging something without knowing it.(知らないうちに、答えを決めるプラクティスをしている、じぶん)

心の切り替えモード②(ファーレンハイトの効用)

こんな質問を頂きました。「ファーレンハイトは華氏、セルシウスは摂氏。人の名前だったとは!ところで、アメリカでは水が氷になる温度や、水が沸騰する温度も、ファーレンハイトで覚えているのですか?「水は0度で氷になり、100度で沸騰する」という基準は明快ですが、ファーレンハイトだとそのような基準を習わないのでしょうか?」

Practice to unlearn.(心の切り替えを練習)

心の切り替えモード(ファーレンハイトって?)

アメリカでは、気温がファーレンハイトで表示されます。気温は体験と結びついた肌の感覚なので、心の切り替えがいります。ものさしを変えること自体はむずかしくないのだけれど、無意識的にバリアをつくっています。そのつもりならない限り、切り替えはできません。ここに新しいことを学ぶヒント、習慣をつくるために不可欠な技の秘密があります。

Learn to switch.(切り替えを学ぶ)

アメンボで想像のプラクティス①

スイスイと泳ぐアメンボの気分。それを想像できるのは、人間に共感の力が備わっているから。私たちは「物事が先にあり、それがありのままに入ってきて、それを認識する」と思っていますが、実は話は逆なのです。体験と想像の働きによって、物事をみる形式を身につけているのです。「アメンボがスイスイとしている」のは、心という現象なのです。

I’m a water slider.(アメンボの気分)

小さな時間の単位をつくる (Get Things Done)

Small things add up.

ものごとは、頭に抱えこむと、積み上がるばかりでなく、複雑化してきます。整理・片付け、事務処理にかかわらず、頭をクリアにすることで、大事なことを選ぶエネルギーが失われず、ポジティブな効果を生みます。秘訣は、2ー3分以内にできる量。手のひらサイズの、ひと時の[ いま ] 、じぶんの声でことばに「出力」することです。

すぐにイメージできることが「わかる」こと

「わかる」という感覚は、じぶんとつながりがつくこと。関連づけ、結びつきができることです。英語のUnderstandは「対象する物事や相手の、下に立つ」「相手の身になって関わる」という意味から来ています。対象となるものごととじぶんを結びつける、具体的な身体体験。それを後からイメージができることが「理解」になるのです。

You only understand something relative to what you already understand.

私たちはみな、限定的なじぶん。

近年、行動経済学の研究は、人間の思考のバイアスを明らかにしてきました。人間はいつも合理的な選択をするわけでありません。合理性も、自制心も、利己心も、限られています。私たちはみな「限定的なじぶん」なのです。でも、悲観はいりません。人間に備わった共感の力、じぶんをケアする心で、じぶん自身の限定に気づくことができます。

We are all limited self.(人はみな限定的なじぶん)

やわらかい頭って?(脳の可塑性を活かす)

やわらかい頭とは?「やわらかい」とは脳の神経細胞どうしが新しい「つながり」をつくること。ことばを発することで脳ニューロンが発火し、パターンがくりかえされることで、つながりができます。脳はもともと、やわらかいのです。脳が新しいつながりをつくればつくるほど、脳の可塑性(Neuro-Plasticity) は高まります。

Try new things.(新しいことをトライしよう)

ねがいのドリル

電動ドリル、計算ドリル、マーチングバンドのドリル、避難訓練のドリル。ドリルとは、一点集中の反復練習です。電動ドリルが一点に穴をあけるように、ひとつのテーマに絞り、繰り返し練習すること。 避難訓練は、火事や地震に備えるという一点に集中した予行演習です。ねがいという一点に集中したドリルを可能にするのが、エンパシームです。

Stay engaged.(身をもって、じぶんにむけて)

プラクティスのしやすさ

リーダビリティ (Readability) は、文章の「読みやすさ」を表すことばです。「よみにくさ」を取り去り、相手が読みやすいように配慮すること。日々のプラクティスも、これとおなじように考えられます。じぶんのプラクティスを、相手だと思って、やりやすくするのです。相手だと思う配慮がプラクティス習慣を持続させる秘訣です。

Make things easy.