相手がいて、じぶんがいる。

何かのスキルの獲得だけが、学びなのではありません。もっと広く、じぶんと相手があり、世界があるのだと感じられることが、いちばん大切です。そのように、親身になってかかわり、共に生きようとする体験こそ!そうすることによって、スキルの習得、上達も可能性がぐっと高まります。なぜなら、姿勢と思いが身につくからです。

Cultivate your mind. Nurture your heart.

みんな、そう言います。

No worries. Everybody says that. (大丈夫。みんな、そう言いますよ)

そのひと言に、ホッとします。これは、歯の検診のワンシーンです。歯医者さんに行った人なら、この器具が口の中で奏でる反響音をご存知ですね。魚釣りの針のような、Jの形。カリブの海賊の手!あれで全員がひっかかれるのです。みんながおなじ質問をしているかどうかは、わからないけれど、気休めになりますね。

謙虚、思いやり、感謝の心。

25歳の時、父が他界した。成人してから5年間あまり、半身不随・構音障害で病に伏していた父の看病の日々だった。父の手を取り「ひらがな文字盤」で会話した。父はひらがなで「ひとのため ていねいにいきよ」と言った。あの体験がいまのじぶんに直結している。素手のありがたさ、素声のありがたさよ。いのちのありがたさが希望に変わる。

Stay humble, be giving.(謙虚な心、感謝の心)

向き不向きより、前向き。

「これ、自分に向いていないなー。だから、やらない。」そんなセリフをよく聞きますね。不思議ですよね。自分に向いていない、って何でわかるんでしょう。まだ、何もしていないうちに。自分に向いていないことは、やらないほうがいい?向き・不向きなんてね、だれにもわかりません。そもそも、物事は後から思い出すことで気づくものです。

Life can only be understood backwards; but it must be lived forwards.

思い出すことはつくること

記憶とは、思い出して、ことばを育てること。ひと言、言う、ひと言、書く、身体で一度アウトプットすることで、あとから、ふりかえり、たしかめる、という小さな行為になります。何もせずに、一瞬のじかんを大切することはできません。ことばを書いて記録する。ことばを声にしてで記録する。エンパシームは、そのための伴走相手、身近な友です。

Nurture your moment.(時を育てよ)

ある日のエンパグラフから

母の、ある日の[ いま ]。 その[ いま ] にそっと、よりそって、声ことばのかよう路が、自然にできる。 フジの花が満開です。 カジカが鳴いています。 アヤメが咲き出しました。 アリンコもせっせとうごいています。 「み・ち・ゆ・く・と・き・よ」の流れで、芽生えて、葉っぱと、茎をつけて、育てます。

ものに語りかける

「ものに共感のまなざしをむけ、語りかけることで、共感の土壌を培う。」というと「人間にだけ、共感すればよい」と思うかもしれません。しかし、それは知らないうちに「わけへだて」を定着させ、自他対立的に物事をみる習慣を強固にします。ものにやさしく接することができないのに共感の心を養うことはできません。人間以前の土壌がいります。

Interact.

共に痛む

兄が痛みで苦しんでいるという話を聞いた。I feel your pain. 私にも同じ受難体験がある。滑液包炎。人間の体の関節には潤滑油の袋がある。それが炎症を起こす。問題は、違和感がある時に無理に動かしてしまう事で本格的に炎症を引き起こすこと。Compassionということばを思い出す。同じように痛みを感じること。

I feel your pain.

「やわらぎ」を組み込んだ作法

作法とは、古くからの決まり事のことではありません。運動でも料理でも演奏でも、所作を定めたルールがあります。それらはみな、ある姿勢・状態をつくる方法です。身体でふるまいを身につけるために作法がいるのです。作法で反復することで無意識的にできるようになります。作法はプラクティスへの導き。最も大切なことは心を和らげることから。

Clear your surrounding. Stay come.法」

フローをおこし、後でふりかえる

「聞くままに また心なき 身にしあらば をのれなりけり 軒の玉水」(道元禅師)雨が降っている。雨水の音に聞き入っている間は、自分を忘れていて、 雨は意識にのぼらない。ふと、われにかえり、じぶんが雨と一体になっていたことに、あとから気づく。夢中になるフローと、それを自覚できることが、人間に備わった力を引き出すことです。

Let it flow.